第2話 愛されマスコットの、容赦なき包囲網――守られすぎた料理人と、計れないひとさじ

この店では私は自由には振る舞えない。個性的な陽直はるなおと料理長オカンのせいだ。


天然店主陽直はるなおは、普段はのんびり癒しの空気を振りまく愛されマスコットだ。だが忙しくなると焦って空回りする。


彼は私が使いやすいからと上に立って私を顎で使う。

どんなに忙しくても、何の仕事をしていようともだ。

彼はアイスを掬う私の隣でお茶漬けのお茶を淹れて言った。


くるあとお願い!」

「はあ?!」

アイスを持っていき、渋くなったお茶を捨てて淹れなおす。

いちいち反論するだけ時間の無駄。

私が反発などしようものなら、彼は私を一切無視し、連帯が取れなくなる。非常に面倒臭い事になる上、私のメンタルはガンガン削られる。


一方で、飲食店を経営していた母の事は頼れる。

だが忙しくなると突然変なスイッチが入る。

恐るべきスピードで、目の前の事をこなし続け、終わったものが見えなくなる。


有能だが扱いにくい天才肌なのだ。


内装は私がデザインした。厨房とホールを同時に見渡す事ができる仕様だ。

苛立つお客さんの顔も、雑談に紛れる不機嫌な声も、注文の順序も、全て一気に把握できる。


なのに、二人は集中すると一切私の指示が耳に入らなくなる。


効率重視で順番飛ばしを始める二人に何を言っても無駄。私はホールの合間に料理を作る。勝手に使われてやりっぱなしになっている自分のまな板を洗い、ホールに行って戻ってきたらまた使われ放置。


「自分の使ってよ!」

「ごめんごめん。そこにあったから。」

これである。


この二人に任せる事は、正直言って不安しかない。

だが二人とも謎の自信で入院しろと言って来る。

私はこの天然二人にとても弱い。

何故なら言葉が通じないからだ。


――――

「はあ?予約と土日のみ営業?!」

陽直はるなおはなんと、この繁忙期に平日全部を予約営業にするという。


「しゃあないやん。冷凍せな無理やけど嫌なんやろ?現実的に考えてそれしかないやろ。」


出たよしゃあない……いや、しかし確かに無理があるか。


「わ、わ、分かった。この期間だけ冷凍を許す。この書き入れ時に予約のみはあかん。お客さん離れてしまう。」


「じゃあお前がやってた仕込みは全部僕がやる。教えてくれ。」


私は手のひらで花かつおを鷲掴みにする。

「このぐらい」

陽直はるなおは指先でつまむ。

「ちゃうやろ。ちゃんと見て!こうよ!こう!!」

「あのなあ。リスト作ってお前の手で全部材料も時間も正確に計ってよ!」


何を甘えたことを!私はこれで覚えさせられたんだ!!


「ちゃんと計ったら同じ味になるやろ?お前専用メニューも全部書いてくれ」

「覚えようとする努力が足りやんのや!!」

「お前それに何年かかったんな!効率考えよ!!お前一人でやってんちゃうんやぞ!!

だから店始めた頃から出汁の作り方教えよてなんべんも言うたやないか!これはお前の怠慢じゃ!」


右耳から、いつもの大きくてがさつな陽直はるなおの声が入ってくる。同時に彼の声は私の左耳の壁をもすり抜けて届いた。


声は、まっすぐに私に届く。

その声圧は、私の胸に届く前に、痛みに変換された。

彼が怒鳴る事は本当に久しぶりだったのだ。


「わ、わかった。計量するから怒らんといて。ごめん。ごめんな」


私の手で作る料理を全て計量し、タイマーを活用して陽直はるなおがメモを取る。

「店の事は僕に任せて体はちゃんと治せ。お前の体が大事なんよ。」

彼は徐々に、私の料理の感覚を掴んでいった。


だが。

くるやっぱり予約営業にせえへん?」

「はあ?!いやいや。ストックあるやん。いけるやろ。」

すると、陽直はるなおはコピー用紙にサラサラと何か書き始めた。

「僕、計算しなおしたんよ。」


はじまった!

陽直はるなおは何やら表を書き、訳の分からない式と数字を羅列する。私が数字アレルギーだと知っているのにこうやって煙に巻こうとするのは、彼の常套手段。きっと、出汁の時、努力が足りないと罵った仕返しだ。


フリーハンドで書かれた雑な枠の中で模様を作る数字。余計な情報に意識が乱されそうになって叫んだ。

「やめて!!結論から言って!!」


「あのねえ、この量やと全然足らん。療養期含め一ヶ月やろ?ただでさえ繁忙期は予想外の売れ方する。」


「いや、退院したら療養中でも仕込みぐらいできる。余裕よ。根性で何とかなる。」

「お前耳の手術初めてやろ。甘い計画立てんな。お前らしくないぞ。」

いや無計画な陽直にだけは言われたくないがな!


くる、この機会にしっかり休め。後遺症残ったら余計に迷惑や。」


私は言い返せなかった。人に迷惑をかけない、それが私の信条だった。

「わ、分かった。張り紙は書き直す。コメントも出すわ。」

陽直はるなおは私が何と言えば黙るか熟知している。彼は、私の扱いが上手いのだ。

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