一 猫かぶり姫、后になる。③
いくら璃璃でも、初夜から皇帝が恋は御免だと言い始めるなど想像もしていない。
これはいったいどういうことか。
しばし考えたすえ、「つまり……」と璃璃は浮かんだ推論を口にする。
「陛下には別に想い人がいらっしゃる……ということでしょうか?」
「そんなものはいない」
星火はうつくしい形の
本当かしら、と璃璃は疑念を抱く。これは愛人を持ちたいと相談するときの夫の前置きにちがいないと思ったのだが。
いくら夫婦の愛が尊ばれる国とはいえ、皇帝という立場を考えると、身分の低すぎる娘を后にはできない。きっと星火にも表向きは口にできないだけで、一途に想っている身分違いの娘がいるのではないか。彼女に誓いを立てているため、嫁いできた璃璃に「恋をする気はない」と
それなら、一連のそっけない態度も理解できる。
(なるほどね……)
璃璃は目を伏せ、ひととき思案する。
(ここは一度傷ついたふうに見せるのが自然かしら。それとも、寛容な后らしさを見せておく? うーん、ひとまず寛容な方向で攻めてみようかしら?)
よし、と腹を決め、「お話はよくわかりました」と璃璃はにっこり微笑んだ。
もともと、星火の金と権力を目当てに嫁いだので、愛人のひとりやふたり、いくらでも来いである。十人程度なら、まとめて受け入れるくらいの度量はあるつもりだ。よその国では三千人の
「陛下に心に決めた方がいらっしゃるなら、どうぞ離宮にでもお招きになって通われるのがよろしいかと。ああ、もし世間の目が気になるなら、わたくしの侍女ということにして後宮に入れても──」
「待て。そなたはいったい何の話をしている?」
星火が冷ややかな面をぴしりと
不機嫌そう、というか、複雑そうな表情をしている。
「何って陛下と想い人のお話ですわ」
「どこから出てきたのだ、その想い人とかいうものは」
「后との恋は御免だと
「言った。恋は御免だという話だ。なぜ愛人の話になっている」
どういうことかしら、と璃璃は首をひねる。
つまり星火は想い人はいないが、恋はしたくないと言っているのだろうか。なぜ?
「……ああ、なるほど?」
困惑してしまった璃璃をよそに、何かを思いついたらしく、星火は冷笑した。
「后こそ、ほかに想い人がいるなら北の離宮でも南の離宮でも好きなほうを使うとよい。子さえ作らなければ、愛人を持つのはかまわぬ。想い合っていたなら、引き裂いて悪かったな」
「ちょっと待ってください! わたくしが愛人ですって? おふざけになっておられる?」
つい素の口調に戻りかけて
「愛人の話を先に始めたのは
「わたくしは陛下の話をしております。陛下が恋はしないなんて妙なことを仰るから……!」
「俺は最初に夫婦の認識の違いを正そうとしただけだ」
「では、まったくもって見当はずれですわ。わたくしは──」
──
口走りかけた言葉をすんでのところでのみ込んだ璃璃に、星火が鋭い
「どこがどう見当はずれだと?」
「それは……」
「今何か言いかけただろう」
「……い、いえ」
しどろもどろになって、璃璃は口を閉ざした。
皇帝を手のうえで転がすつもりが、どういうわけか、自分のほうが追い詰められている。
星火の愛人に対して寛容さを見せる策は失敗だ。でも、今さらほかに愛人を持たれるのはいやだと泣いてみせるのも……。いや、そもそも星火
「そういえば、そなたの父親には三人の妻がいるんだったな」
不意をつかれて、璃璃は小さく肩を揺らす。
「それが何か?」
こぶしを握りこんだが、声が震えた。
皇帝が后の生家について調査させているのは当然だ。一夫一妻が尊ばれるこの国において、父の醜聞ははじめから星火にも知られているとわかってここに来た。だから落ち着けと自分に言い聞かせるものの、思いのほか動揺してしまう。
「確かにわたくしは父の正室の娘ではありませんが……」
「そんな話は今はしていない」
「では、何だと?」
「そなたの家では『多夫多妻』が普通なら、無理強いはせぬということだ」
「は、はあ!?」
思わず璃璃はガラの悪い声を上げてしまった。
いったいどういう
「父はともかく、わたくしの兄や姉まで侮辱なさるおつもりですか!」
「事実を言ったまでだ。なら、何が見当はずれなんだ。説明してみろ」
「ですから、そのままの意味でございます!」
璃璃は卓にぱしーん! と両手をついた。
整然と並べられていた茶器が揺れ、星火がぴくりと眉を上げる。
「では言わせてもらいますけど? 恋だの愛だの腹の足しにもならないもの、いつ誰が欲しいって言いました!? これだから甘々お砂糖神話の
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