第2話【プロンプトはいつも些細。】
100年程前、鎖国を解いた我が国が、教育の平等性を掲げ、他国を倣い、作った学園こそ、セレスティウム王立学園。
偉大なる前王ゼヴァリウスが建てた学びの場である。
10歳から18歳までの子どもたちが通うこの学園では、家柄によって3つのクラスに分けられる。
今日はその1つ、中層≪アルタイル≫を覗いてみよう。
「うわぁぁ、ポゼットどうしたの!? キズだらけじゃん!」
「昨日、配布日だったろ?」
この国では、15歳で成人を迎えると、初めての“プロンプト”が配布される。
今後、告知なしで配布されるプロンプトもこの時に限り、前もって知らされるのである。
ソワソワとまっていた始まりの物語、昨日がまさに、その日であった。
「昨日、”角を曲がれ”って指示があってさ……そしたら大荷物のおじさんに当たり屋しちゃって」
「えー、私”ハンカチ落とし”だけだよ?」
そう。プロンプトとは、政府がランダムに配布する”キッカケ”にすぎない。
その意味を、君も少し理解してきただろうか。
「でも、おかげで高ポイントゲットしたぜ!」
得られた“物語ポイント”は、腕につけたナンバータグから政府へ自動送信され、ログとして収集・買取される。
この国の経済と娯楽は、そんな“キッカケ”で回っている。
もちろん、すべてがプロンプトに沿っているとは限らない。
日常に潜む偶然のトラブル__それすらも、物語になり得る。
つまり、この先の物語をどう選ぶかは、君自身に委ねられているのだ。
――放課後――
少女の名は、セスティア=セルシア。
この物語の、正式な主人公である。
彼女もまた、今日配られたプロンプトを拾ったらしい。
目の前を通り過ぎた女の買い物袋から、一本のネギがズルリと滑り落ちる。
それを拾い上げたセスティアは、駆け出した。
「待って!! ネギ落としたよ!! お姉さーん!!」
だが、プロンプトを実行した張本人は、気づくことなく馬車に乗り込み走り去っていく。
「私、追いかけてくる!!」
「ほっとけよ、大して点数にならねぇぞー。」
「だってこのままじゃ……お姉さんの鍋がネギなしになっちゃう……!」
「いや、鍋かどうかはわかんねーだろ..。」
それは、物語としては取るに足らない些細な”キッカケ”
だが、彼女にとっては、とある一つの物語。
「...はっや。物語になんねぇだろうに、相変わらずアホだな、あいつ。
...おーい!!!先帰るぞー!!!
聞こえてないか。」
まぁいいか、と少年は少女を残し帰路へとつく。
一方その頃、少女は全力で走っていた。
だが、馬車は早く到底追いつけそうもない。
「あの子追いつけるのかしら?」
「必死ねぇ」
「お姉ちゃんはやーい!!」
「頑張れー!!」
と、路面の物売りや、通りすがりが笑いながらヤジを飛ばす。
物語とは、なにも大事件だけではない。
こういう日常こそ美しい__
「うるさい! 応援すんな!! お姉さん止めてよ!!ネギ落としてるって!!!」
ごもっともである。
ネギ一本。諦めたっていいのだ。
路面から馬車を引き止めようとする声もしているが女は気づいていない。
「..なんで気づかないの、まぁ、見えてるうちは...」
まぁ、ここまで来たら善意ではなく、ただの意地である。
一本道を走り抜け、馬車の止まった先で少女はようやく女に追いつく。
乱れた呼吸のまま、少女はネギを差し出した。
「はぁ……これ……ネギ……落として……はぁ……」
「……はぁ、どうも」と女。
とてもそっけない返事だったが、セスティアは満足げだった。
「これで、お姉さんのお鍋にはネギが入った……!!お鍋にネギ入ってないのはなんかやだもんね。」
帰宅した彼女の家の夕飯は――鍋だった。
『--物語ポイント10ポイント加算されました--』
彼女の鍋に、ネギはなかった。
物語のオチはこうして回収されたのだ。
「いや、ポイントまで悪ノリしなくていいのよ...。
...あのネギ貰っとけばよかったなぁ..。」
……そう。
物語ポイントは、その“種類”を問わないのである。
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