【短編】満員電車仙人は、翼をさずけるッッッ!!!!【未知】
ほづみエイサク
本編
隣のサラリーマンが、咳をした。
マスクもしていなくて、目がトロンと気怠けだ。
明らかに、風邪を引いている。近くにいたら、感染するかもしれない。
少しでも距離をとろうとするけど、逃げ場がない。
ここは満員電車。
隙間なく、人間がひきしめあう空間。
私は、マスクと肌の隙間を憎むことしかできない。
「あなた、マスクをしないなんて非常識じゃないの!?」
突如、おばさんが叫んだ。
「はあ!? 俺の勝手だろうがっ! マスクなんて意味ねえだろ!」
「私にうつったら責任とってくれるの!?!?」
「マスクもワクチンも国の陰謀なんだよ、そんなことも知らねえのか、ばばあ!」
「あっ! 今、私の肩に触ったわよね!?」
「悪いかよ。きもいんだよ」
「この人、痴漢です! 誰か、誰か助けてください! おっぱい触られました!」
「はあ!?」
急展開に、サラリーマンもうろたえている。
「き、きみも見ていただろ!? 俺は無実だっ!」
突然、私に話をふられて、頭が真っ白になる。
「えっ、あっ、その……」
「はっきり答えてくれっ!」
「あ、あ、ぁ……」
私は、極度の人見知りだ。
一度も話したことがない人間が、みんな恐ろしい。
未知の存在だと思ってしまう。
立ち向かえない。
誰か、助けてっ!
「やめるのじゃ」
威厳のある声が、風のように吹き抜けた。
顔を上げると、座禅を組んだ老人が浮かんでいる。
「あなた様は……一体……」
「儂は満員電車仙人」
「満員電車仙人!?!?」
聞いたことがある!
満員電車で問題が起きた時、突如姿を現し、瞬く間に解決するという、伝説の存在だ!
「一体なんなのよ、変な格好をして!」
「ふぉっふぉっふぉ。お主たちかな、満員電車の平穏を」
「助けてくれ。俺は痴漢なんてしてない!!!」
「なるほどのぅ」
皺だらけの手が、ハートを作った。
そして、ピンク色の光が2人を包み込み、すぐに変化が現れた。
「大好きよっ!」
「俺もだ、もう離さないっ!!!」
さっきまで喧嘩していた男女が、恋人みたいに抱き着いた。
こんな解決方法があったなんて……!
「それでは、さらばじゃ」
「待ってくださいっ!」
ついつい声を掛けてしまった。 何やってるだろう、私。
「なにようかな?」
「私、人見知りなんです」
「ほうほう」
「どうすれば、あなたみたいに堂々とできるんですか!?」
「なるほど。お主には足りないものがあるようじゃ。未知に立ち向かうための大事な力が」
「なんなんですか、その力はっ!」
「それは――」
突如、警報が鳴り響いた。
「見ろ!!!!!」
誰かが叫び、乗客の全員が、何事かと窓を見る。
そこには、教育テレビにでてきそうな巨大な怪獣がいた。
「あれは一体……!」
「あれは、怪獣『電車痴漢』。なんと恐ろしい」
「電車痴漢!? なんですか、それはっ!」
聞いたことがない!
「同族から爪弾きにされた結果、電車に欲情するようになった、悲しき存在じゃ。一度捕まったら最後。30分は車輪を撫で回されてきまう」
「まさか、この電車が狙われているんですか!?」
「残念なことに……」
「な……!」
そんなっ!
このままでは、大事な会議に間に合わなくなってしまう!
初めて先輩から任された仕事なのに!
「どうにかならないんですか!?」
頼れるのは、満員電車仙人しかいない。
「方法はある。だが、お主たちにも協力してもらわねばならん」
「なんでもやります!」
「そうか」
覚悟を決めたように、シワだらけの手が髭を撫でた。
「儂は、満員電車から力を授かる。つまり、満員であるほど、力が増すんじゃ」
「どういうことですか!?」
「この車両に人を集めるのじゃ。さすれば、儂の必殺技が撃てる」
人を、集める……?
「でも、私は人見知りで――」
「それなら、これを授けよう」
「まさか、これは――っ!」
仙人が手渡してきたのは、古い吊り革だった。
「儂が仙人になる前、使っていたものじゃ」
「そんな大事なものを……」
「人間とは、吊り革と一緒じゃ。なんとなくじゃが、ふわっとそう思うんじゃ。わかってくれるか?」
「はい!」
たしかに人間は吊り革だ!
そう思うと、怖くなってきた!!!
私は早速、他の車両へと走り出した。
しかし、立ちふさがる存在が。
「きみ、何をやっているんだ!」
車掌が、
「私の人生がかかってるんです! 通してください!」
「だめです! 危険ですから走らないでくださいっ!!!」
話してる時間はない!!!
「大事な会議があるのよおおおおおおおおお!!!!」
「電車で車掌に勝てると思うなああああああああああああ!!!」
激突。勝負は一瞬で決まった。
会議資料は、鉄よりも固いのよ!
「しゅっぽっぽおおおおおおおおおおおおお!!!」
はっ!
勝ちどきを上げてる場合じゃない!
すぐに他の車両から人をかき集めないと。
「満員電車仙人がいます! 一両目にあつまってください!!!」
「どういうことだ!?!?」
「吊り革です!」
「な、なるほどっ!」
私の声を聞いてくれた人達が、ぞくぞくと移動した。
ただでさえ満員だったのに、さらに人が入る。
「満員電車仙人、ミチミチなんですけどっ!」
「そのみちみちに、未知の力が宿っておるのじゃ。みちみちになるほど、明日への道がひらく!」
もう、空間のすべてに人間が詰まっている。
天井にキスをしている人間なんて、100人を超えている。
「混雑率、1000%を突破しました! これ以上はっ!」
「まだじゃ。まだ足りぬ……!」
「――っ!」
私は最後の車両から、人をかき集めた。
ついに到達。
混雑率、1200%!!!!
未知の領域に突入したッッッ!!!
息が苦しい。
熱い。
人の汗臭さで、頭が壊れそう!
まるで人間サウナだ!!!!
その瞬間、巨大雲が発生した。
人々が発生させた熱気と湿気により、うまれたのだ!
電車仙人は雲に乗り、外へと飛び出す。
「みな、よくぞ耐えてくれた。これぞ満員電車仙人の秘技中の秘技。あらゆる運行ダイヤトラブルを解決する、究極の奥義――」
電車が光りだし、閃光が、仙人の手に集まっていく!
「
次の瞬間、私の全身を、涼しい風が突き抜けていた。
目を開くと、空を舞っている。
怪獣『電車痴漢』に向かって、一直線に。
「ぎゃああああ!! なにこれ、怖いっっっ!!! 小さい動物やだあああああ!!!」
私たちを未知の存在だと恐れたのか、怪獣はあっさりと逃げ出した。
よかった。
これで運行ダイヤの平穏は守られたみたい。
周囲を見ると、晴れやかな顔で飛ぶ人たち。
冒頭の2人もいる。
なんで飛んでいるのかなんて、どうでもいい。
ミチミチから解放された未知の快感が、突き抜けていく。
飛ぶ。飛ぶ。飛んでいく。どこまでも。
空の先に何が待っているのか、わからない。
全くの未知。
だけど、大丈夫だ。
私たちは乗り越えたんだから。
あの、地獄を超えた、混雑率1200%を。
もう、怖くない。どんな恐怖にだって、立ち向かえる。
さあ、飛び立とう。
ソーシャルディスタンスの翼を広げ、どこまでも。
【短編】満員電車仙人は、翼をさずけるッッッ!!!!【未知】 ほづみエイサク @urusod
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