下 喜劇は底からやってくる

 僕は落ちる。




 真っ黒の中、ただ落ちる。




 いつまでも底は見えない。




 柔らかいタオルに包まれる感覚を覚えた。





 奇妙なことに僕は黒に触れられる。




 だから落ちない? いや少しずつ落ちている。




 ここは死後の世界なのかも、何も見えず何も聞こえない。



 上質なベッドのような地面に着地する。



 それはとても心地よかった。




 僕はそのまま目を閉じた。





 ?


 痛い?


 急に尻をなにかでつつかれた。


 なんだ?


「おーい大丈夫か?」

 暗闇から声が聞こえた。



「おーいおーい。」

 さらに、棒のようなもので尻をつつかれる。

「……………………」

 痛いが僕は無視をする。


 もうどうでもよかった。


 ほっといてほしかった。


 しかし、そんなのお構い無しに僕の体を揺さぶってくる。

「君、生きてるな? 生きてるよな? 起きておくれよ」


「…………うるさい! ほっといておけよ!」

 僕は我慢できず、暗闇に向けかすれた声をだした。

「なに!? うるさいなんて生意気だ! ここは我の領域なんだぞ!!」

 棒で強めに突っついてくる。

 とても痛い。


「やめろ! わかった、わかったよ!」

 慌てて、僕は立ち上がり叫んだ。

 しかし辺りを見回すがなにも見えない。やつはどこにいる?

「君はどこ見ている?」

 全方向から声がする? 意味がわからない。

「どこにいるんだ、ちくしょう!!」

 おもわず地団駄を踏む。

「まずは名前を名乗るのが、常識であろう? 地上は皆そうなのか?」


「ぐ」

 僕のせいで皆が常識がないとは思われなくない、なので

「僕はオスカーだ。」と名乗った。


「君はオスカーというのか、……ふむ……我はラク、呼び捨てでも構わないよ。」


 姿が見えないやつはラクというらしい。とても生意気だ。


「ここは死後の世界なのか?」

「ちがう。ここは我の領地、楽園さ。」

「こんな光もない、静かすぎるところが楽園なわけないだろ。」

「ふんセンスのない人間だ。なるほどだからそんなしみったれた顔をしているのか。」

「なんだとっ!!」

 僕はやつを殴ろうと腕を振り回すが当たらない。見えないのから、当たらないのだ。

「ふん」

 足を引っかけられ、僕は転んでしまう。

「く、くそ」


「君は何者だ? 上から落ちたのか?」


「うるさい、うるさい、うるさーい!!」

 僕は大声を出し、走りだす。

 宛もなくなにも見えない空間に僕は突き進んでいった。









 ここは死後の世界か?




 それとも死ぬまえの泡沫の夢?




 僕は地面に足があるのか?




 空はあるのか?わからない。




 僕は死んだんだ。




 死んだはずだ。




 だってあの穴から落ちたんだ。




 底も見えない穴に。




 彼処から飛び下りたら、あの勇者であっても死んでしまうだろう。


 僕は転んだ。


 痛くなかった。

 だが胸はしまるように痛んだ。


 ここでは目は役にたたない、だから目を閉じる。


 そして考える。


 僕は殺した。

 家族を、仲間を、生き甲斐の音楽で。

 

 しかも今までに弾いたなかで、とても楽しく充実した演奏だとおもっている。

 僕はゴミだ。クズだ。とんだ人でなしだ。






 何か物音がした。

 何かが這いずるような微かな音。

 この、静寂の中では小さな音もはっきりと聞こえた。

 

 恐怖を感じて飛び起きた。

 しかしなにも見えないし、匂いもしない。



 ヌメアァァア



 なにかが顔に当たった。

 こびりつくような感触に鳥肌が立つ。

 僕は尻餅をついた。


「ひぃ!」



 なにかがうごめいていた。

「し、しつれいだなあ。き、君は。」

 それはたどたどしい声で話しかけてきた。

 僕はおもわず飛び上がる。

「なんだおまえは!!」

 おそらく、人ではないなにかに問いかける。


「急にさわってきて、悲鳴をあげるなんて。な、なんて失礼なやつだ」


「うるさい、お前こそなんだよ?」

 見た目はわからないが、間違いなくこいつは化物だ。

「オ、オラはトト。」

「はぁ!?」

「だからトト、名前だよぉ。」

「ぼ、僕はオスカー。」

「君はここでみないねー。まさか人間?」

 トトはなにかを嗅ぐような音をだした。

「そ、そうだ人間だ。文句あるか?」

「おかしぃね、人間なんて、うーん少しついてきて、地上からきたの? だったら帰りかたを教えてあげるよ。」

 低く人間ではだせない声で、しかし優しさを感じる声色でトトは提案してきた。

「いいや、ここには死ぬためにきたんだ。僕を喰いたいのなら早く喰え!!」

 しかし、それをはねのけ大声で挑発する。


「…………」

 返事はない怒っているのか?

 それは好都合。

 僕はさらに、叫ぶ。

「お前みたいな化物はそうやって人を騙して喰らうのだろ?」


 ニチャニチャと柔らかいなにかが震える音がする。

 僕は覚悟をきめ、目を閉じようとした。



「…………ひ、酷いよ、オラは化物じゃない!!」

 そういうとトトはヴォーヴォーと奇妙な声で鳴きだした。

 こいつもしかして泣いているのか?  


「貴様! なに泣かせているんだ。」

 どこからともなくラクの声が聞こえる。

「いやちがう。」

「なにがちがうのだ。我の眷属を虐めるとは。」

「うぐ」

 とても、悪いことをしてしまった。

 そう反省していると、ラクは怒りを隠さずに言う。

「ん? お前はチェロをもっているじゃあないか、それが飾りでないのなら弾いてトトを慰めろ。」


 僕は驚愕した。

 意識していなかったが僕はチェロをもっている。

 背中にいつも通り背負っていたのだ。

「いやこれは。」 


 僕はたじろぐ、また体が勝手に動く。

 いつもの体制になり、チェロを弾こうとする。

 耐える、腹に力をいれ、歯を喰い縛る。 


 だが僕は操り人形のように、弾いてしまった。


 弾いた曲は、『妖精の羽音』だった。

 子守唄にも使われる、ゆったりとした短い曲だ。

 花へ花へ移り行く蝶のごとく、弓をゆったりとひく。

 その音にあわせ、トトと呼ばれるものも右へ左へ揺れている気がした。


 僕の目の前に花畑が浮かび、チェロの妖艶な音は妖精の羽ばたきを再現する。


 狂ってしまう、ラクやトトが。


 そして曲が終わった。


 しかし何も起こらない。

 ペチペチと拍手? だけがきこえた。

 何も起こっていない。

「き、きみすごいね、オラかんどーしたよ」

 トトが声を弾ませて、僕を褒めた。

 なぜ? 思うと同時に何かが心に灯った気がした。





「君、少しいいか?」

 ラクは僕の手を掴む。

「?」

「なるほどね、この音のスパイシーさは君とそのチェロの………うむ素晴らしい」

「どういう意味だ?」

「君の腕を買おう。我の城にこい、オスカーよ」

 そのまま手をひかれ、僕はラクに連れていかれた。

 暗くて見えないがおそらくついたのだろう城門が空くような、厳かな音が耳に届く。

 引っ張られ中に入っていく、そして止まった景色は変わらないがここは大広間なのかも。


「ここに座りたまえオスカーよ。」

 椅子に強引に座らされた。座り心地はまぁまぁよい。

「なんで僕をここに?」

「さっきいっただろう、そのチェロの腕を買ったのだ。君には専属の弾き手になってほしいのだよ。」

 チェロの腕?

 僕の腕は素人に毛が生えた程度であり、正直な話まあまあな腕前なのだ。

「僕は上手くありません。他の人に頼まれては?」

「そうなのか? しかし奈落には楽器を弾けるものがいないのだ。頼れるのは君だけだ。」

「けど……僕が弾くとみんな狂ってしまう。」

「確かに君の音は軟弱な地上の奴らにはキツかろう。しかしここでは大丈夫だ。トトも何ともなかっただろう?」

「しかしなんでそこまで。」

「友人が遊びに来るのだ。たまには美しい音で迎え入れたい、頼むよ。」

「…………僕は、地上で演奏して家族や仲間を殺してしまった。そんなやつに頼むなんて。」

「ではこうならどうだ? 演奏が我の友人に好評だったら、君にかかっている厄介なスパイスを払ってやろう。なんなら地上に返してやってもよい。」


「それって?」


「うむ、君の音の辛みが取れれば、誰も狂わない。

 君はハッピー、我も嬉しい。取引は単純明快! どうだろうか?」

 取引をすれば、僕はまた胸を張って音楽をできるのだろうか。

 悩んでしまう。

 しかし少しでも希望が見えてしまったなら返事は決まっていた。

「や、やらしてください!!」

 僕は頭を下げる。

「おーそうか、そうかではよろしく頼むよ先生。」

 ラクに両手を捕まれ、乱暴に上下にふられた。

 厄介なものをとる。


 この何も見えない地で目標ができたのだった。






「友人がくるのは、この砂時計が落ちるまでだ。」

「…………見えないんだけど」

 ここは光なき世界なので砂時計など見えない。

 いや何一つも見えなかった。

「そうか地上のものはそうだよな。

 ………………うむこれを巻いてあげよう」

 目のところになにかハチマキみたいなのを巻かれる。

 不思議なことに、見えないのにどこに何があるのかがわかった。

「すごい! なにこれ。」

「それを巻いていれば、奈落でも生活できるだろう。」

「あれが砂時計か?」

 僕は自分の慎重より大きい砂時計に指を指す。

「うむ、あの砂時計は、地上でいうと三日後にすべて落ちきるのだ。」

 黒い砂がさらさら落ちているのがみえる。とても綺麗だなぁ。

 え……あと三日!?

「三日しかないのかい!?」

「うむ問題があるのか?」

「まだ何の曲を弾くのかも決めてないのに、それに練習だって必要さ。」

「曲は君が一番得意なものを弾けばよい、それなら大丈夫だろう?」

「ぐ…………けどラクの友人は満足しないかも、それに死んでしまうかもしれないよ。」

 不安はある。確かにトトとラクは僕の演奏を聴いても狂うことはなかった。

 しかしその友人がそうならないとは限らないのだ。

 僕は不安だった。

「心配するな、やつはそんな柔じゃない。

 しかも君の演奏は素晴らしい。それは保証しよう。」

「なんでそんなのがわかるんだ、素人の癖に。」

「ふん、物事を良いか悪いかを判断するのに素人とか玄人とか関係ないのだ。」


「………………」 何も言えなかった。


「そんなに練習がしたいなら部屋を貸そう。そこですればよい。」

「しかし。」

「我は君の音楽が気に入ったのだ。だからこそ友人に聴かしたい。」

 顔は見えないが、彼は笑みをうかべた気がした。



「ではよろしく頼むぞ。リリよ、先生を部屋に案内してやってくれ。」

「承知いたしました。」

 そういうと、床の隙間から泡が沸いてきた。

 泡が、集合すると不定形なスライムのようになった。

「はじめまして、わたくしは執事のリリと申します。

 オスカーさまお部屋に案内いたします。わたくしについてきてくださいませ。」

 ウネウネと蠢きながら、話す。

 僕は、一抹の不安を抱えながらもリリについていった。


「こちらでございます」

 部屋に通された。

 中はシンプルな構造でベッドやテーブルなどが置いてあった。

「ありがとう、もういいよ。」

 しかしリリは戻らず、プルプルと揺れている。

「どうしたの? さがっていいよ。」

「オスカーさま頼みごとがあるのです。」

 真剣な声色でリリが迫ってきた。ち、近い。

「な、なにかな?」

「わたくしに音楽を教えてほしいのです」

「なんでだい? 僕は練習しなくてはならないんだ。いそがしいんだよ。」

「少しだけでもよろしいのです、ドレミだけでも教えてください。」

 さらに迫ってきた。

「ぐ……わかったよ」

 僕はチェロでドレミソラシドと弾く。

 それを聞いたリリは喜んだようにぐにぐにと伸び縮みしていた。

「サイコーです、オスカーさま」

「これで満足かい?」

「もう一回お願いいたします、わたくしも歌いたいのです。」

「はぁぁ……もう一回だけだぞ。」

「ありがとうございます。」

 僕は今度はゆっくりと弾いた。

 それにあわせ、リリは声をだす。

「♪~♪~」

 トトと比べると高音で綺麗なハミングである。

 しかし音程はズレているように感じた。

「もういいだろ?」

「うまくいかないですね。…………もう一回お願いしてもよろしいですか?」

「ダメだ、ダメだ」

「これで最後でございます。」


 頼まれると僕は断れない性格なのだ。

 ついついやってしまう。

 そして、曲を弾いてくれだのリクエストはヒートアップしてきてその結果、一日たってしまった。貴重な時間を無駄にしてしまった。

 体が気だるい。

 しかし、歌が上手くなったリリを見るとなぜだが、気分がスッキリしたような気がした。





 時間がない、だから少なくても練習はしなくてはならない。

 それでチェロを弾く。ギコギコと。

 しかしすぐやめてしまう。

 罪悪感につぶれそうになっていた。

「……僕は本当に音楽を続けてよいのかな?」

 おもわず一人呟いてしまう。

 僕は、殺戮をしてしまった。

 殺す気はなかった。それは本当だ。

 けどそれで罪がなくなるわけではない。


 そう思うと、弾けない。最後まで曲を弾けないのだ。


 コンコンとノックが叩かれる。

「オスカー先生はいますかな。」

「…………」

 知らない声だったので、僕は無視をした。

 すると勝手にドアがあく。

「おーオスカー先生いるじゃないかぁ」

 中に奇妙な客人が入ってきた。

 その者の見た目は、トトやリリと違い骨の集合体であった。

 例えるなら骨の鶏といったところだ。頭にはコック帽のような黒い帽子を被っていた。

「オスカー先生。いるならば返事をしておくれよ。」

 カタカタいっている。ずいぶん馴れ馴れしいやつだ。

「なんだ?おまえは?」

「おっこれは失礼しました。あっしはググ。ここではコックとして働いてやす。」

「そのコックが僕になんのようなんだ?」

「はいラク様が、先生がご飯を食べてないから作ってやれと言われやしてね。

 こりゃいけねぇや。お客様にご馳走を振る舞わればと思いまして、作ってきましたよ。」

 そういうともっていた料理を机の上に置いた。

 皿の上には黒くて丸いものがあり、お世辞にも美味しそうには見えない。

「……いらない」

「なんでだい? 腹減んないですかい?

 練習するなら、なおのこと飯を食べるべきですぜい。」

「う…………」

 言っていることはわかるがお腹は空いているし、力は出ない。けど食べたいとは今は思わなかった。


「僕はここにいても良いのだろうか?」

「え?そりゃあいいでしょうよ。ラク様の許可が出てますから。」

「僕は家族を殺した罪人だ。しかも罰を受けずにのうのうと生きている。」

「けど普通は奈落に落ちるのは相当の罰ですぜ。」

「ラクは本当に知っているだろうか、僕のしでかしたことを。」

「あっしはそこら辺はわかりやせんが、ラク様のことは信頼していやす。

 だから先生は腕のいい音楽家だろうし、ここにおいても大丈夫な御方なんだとあっしは思いますよ。」

「でも…………」

「腹が減ってるからそう考えるんですよ。ほら食べてくだせぇ」

 器用に皿の上にある黒い塊をフォークでさし、俺の口にねじ込んだ。

 噛むとサクサクと音がした。

 見た目は悪いがとても美味しい。焼きたてのパンのような味で柔らかく、小麦の香ばしい香りで食欲が復活したように感じた。

 僕は残りの塊を手に付け胃袋に収納していく。

 地上で食べた熊爺のパンを思いだし、少しだけ涙が出た。


 それをみて、ググはウンウンと頷いていた。


「これねラク様とあっしで作った傑作さぁ、先生は地上の人間だからそれにあうものを作れと。

 いやぁ苦労しました。けどその反応をみてると作ったかいがあります。」

 僕はなぜだか嬉しくてさらに泣いてしまった。





 腹が膨れた僕は練習を繰り返した。

 指が、弓を動かす手が動かなくなるまで。

 残念ながら、この短時間の練習では劇的に上手くなったりはしないだろう。

 けど練習せずにはいられなかった。


 そうしていると目眩におそわれ、僕は崩れるように眠ってしまった。







 ………………………………

「先生」

「せんせぇ」 

「先生」

「せんせ」


 ここは森の広場?


 僕は切り株を背に寝ていた。


 皆が僕を呼ぶ。


 熊爺や可愛い玉鼠たちや皆、僕を呼ぶ。


 今までは夢だったのか?


 夢か。


 よかった。


 奈落なんてなかったんだ。


 僕は皆のもとへ行く。


「先生、また演奏をきかせてよ。」

 狸がいつも通りリクエストする。


「いいよ。」

 僕は気をよくして弾いた。


 それは喜びに溢れた演奏だ。


 演奏に身が入る。


 皆、血塗れだった。


 熊爺たちは体のいたるところがかけている。


 ベチャ


 背中になにか引っ付く。


 それは欠損した玉鼠たちだった。


「おまえのせいだ。」




 ………………………………………………


「オスカーさま、起きてくださいませ、オスカーさま」

 僕は揺さぶられる感覚により、起きた。

 全身汗まみれだった。

 夢? だったのか? とてもリアルな夢だった。

「…………リリか?」

「オスカーさま、あと少ししたら友人様が来ますので準備をお願いいたします」

「なに!?」

 いけない、そこまで寝てしまったか。

 僕はチェロを持って、ひとまずラクのところに向かった。

「うむ起きたか? 寝坊助め。 もうすぐでやつがくる。城の外に出迎えようではないか。」

 そういうと僕を引っ張り外に向かう。心なしか声がはしゃいでいるようにきこえる。


 外に出ると、明るかった。


 ……明るい!? ここ奈落で始めての感想だ。

 思わずラクに巻いてもらったハチマキを外す。

 それでも周りがみえた。

 まさしく朝の日差しである。


 なぜだ?


 上をみると日の光が空からふってきていた。まるでスポットライトのように照らされる大地。

 そして天井から何かがゆっくりと、落ちてきた。

 あれは…………ひと? 人だ。上半身半裸の男性だった。

 その人がポージングして、空から降りてきている。

 僕はそれをみておもわず呟いてしまう。

「う、うつくしい」

 それはまさに神のごとく美しい肉体。

 その素晴らしき肉体は、常に光を放っていた。

 どんな画家でも彫刻家だろうと、彼の素晴らしい肉体を表現するのは不可能であろう。


 髪は太陽の光を表すが如く、たなびく。

「久しいね、ラク」


「うむそうだのう、ジョルヴァン」

 黒が人の形をつくり、ラクになる。

 友人同士の握手が始まった。



「それで君は誰かな?」

 誰もが見とれる笑顔で僕に訪ねてきた。

 緊張で体が固まってしまう。


「彼は我の専属の弾き手だ。名をオスカーと言う」

「へぇ! ラクの!? よろしくジョルヴァンだ。」

 彼は僕の手を取り、上下にふる。

 その暖かな体温は僕はなぜか日なたぼっこをした記憶を呼び起こさせた。

「オスカーです。よろしくです。」


「ジョルヴァンよ、彼は奈落で一番のチェロ弾きなのだ」

「唯一ではないのかい?それはそれとして是非ききたいね」

「そうであろう、ではオスカーよ頼むぞ。」

「…………うん」

 僕はチェロをだし、演奏の準備をした。

 弓をだし、弦にあてる。


 皆、僕を見ている。


 ラク。


 トトやリリ、ググなどの眷属達。



 そして美しいジョルヴァンの視線がつき刺さる。


 怖い。


 怖かった。


 音楽をやることがこんなに怖いと思ったのは始めてだ。




 やめたい、逃げたい。


 しかし、そうしても過去のように無理やり演奏させられるだろう。


 嫌だ。



 それは嫌だ。



 演奏するなら、僕は。



 自分の意思で演奏したい。



 そして僕は演奏を始めた。





 弾くのは、僕の十八番。『ヨーゼフの喜劇』だ。



 最初は、しっとりと静かに弾き始める。


 奈落の住民達も、それにあわせ静かになる。


 喜劇は始まったばかり、徐々に華麗に楽しく厳かに盛り上がる。


 最初は、たどたどしい弓さばきもどんどん滑るように動いていく。


 それにあわせ愛すべき奈落の住民達も、音にのってきた。


 時にグネグネ、カラカラと皆が音にのってくれる。


 時には手拍子? いや体を叩く音も聞こえた。

 ハミングも聞こえる。



 ジョルヴァンも音に聞き逃さないよう、目を閉じたかのようにみえた。


 ここ聞き所、喜びを吠えるヨーゼフを表現した。


 僕はヒートアップして立って演奏する。


 するとジョルヴァンは歌を歌いだす。

 綺麗で照らすような声。

 彼は歌声も美しい。



 奈落の住民もそれに続く。


 それぞれの音をだす。



 それはソロの演奏ではない、まさにオーケストラの如く。


 プロが見れば失笑を買うかもしれない。


 しかしこれが奈落の音楽団。


 暗闇に音と言う煌めきが輝いた瞬間だ。


 これが、僕が好きな音楽だ。


 久々に音を楽しめた。


 僕は弾かされているわけではない。


 弾いているのだ。


 この楽しい音を。


 そして大団円を向かえる。


 僕は深々と皆に頭を下げた。


 そして拍手。いや各々のやり方での称賛の雨をうける。


 顔は見えなかったが、ラクが一番に立って拍手をしてくれたように見えた。

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