第6話 白騎士セレス

 扉が閉まった瞬間、ミサラサ王太子は机を拳で叩いた。


「あんな規律のない連中は初めてだ!」


 従者たちは即座に頭を下げる。


 そもそもは、貴婦人の部屋に押しかけ、侍女を連れ出そうとしたことが発端なのだが――

 そんな理屈を、口にできる者はいなかった。


「兵が少なかったからだ。あの、デカい女騎士に舐められた」


 侍従は肝を冷やした。


「お、おそれながら、あれは白騎士で……数でどうこうなる相手では……」


 ギラリと睨めつける王太子。


 戦慄した従者たちは深く頭を垂れた。


「お前たちが腰抜けだから恥をかいた……! 東宮の兵を全て動員せよ。あの侍女とデカ女に秩序を教え込む」


「はっ! では、近衛隊へ使いを出します」


「いや、噂を立てられる前に決着をつけたい。今すぐ出向くぞ」


「……はっ」


 従者はそれ以上、踏み込まなかった。


◇◇◇


 東宮の訓練場は、妙に静かだった。


 近づくにつれ、違和感がはっきりする。


 地面に転がる兵士たち。

 壁にもたれ、息を整える者。

 剣を握ったまま、動かない者。


 血は出ていない。

 それでも、誰一人、立ち上がろうとしなかった。


「……訓練か?」


 ミサラサが呟く。


 訓練場の中央に、二人の騎士。


 一人は、近衛隊中隊長。

 見慣れた顔だ。実力者であることも知っている。


 そして、もう一人。

 白い装束の女騎士。


「立ち合いしているようですね……一人は白騎士かと」


 従者が低く告げる。


「白騎士?……まさか、中隊長並に強いのか?」


 訝しげに見やる、その先で――


 白い女が、視界から――抜け落ちた。


「ぐおっ!」


 次の瞬間、鈍い音とともに中隊長が跳ね飛ばされ、地面に叩き伏せられていた。


 白騎士が一言、告げる。


「訓練はここまで。精進するように」


 透き通る凛とした声音。

 目を剥いて倒れる中隊長に、その言葉が届いているかは分からない。


 引き返す白騎士の顔が、ちらりと見えた。

 白い肌に、気品のある顔立ち。


 ミサラサは、言葉を失ったまま、目を逸らせなかった。


 その顔を、より近くで見ようと踏み出した瞬間、

 ふっと女の姿が掻き消える。


 消える直前、髪が光を含んだ。

 ココアベージュ――だが、記憶に残る艶だった。


「……な? なんだ?」


 見たことのない現象に、目を疑う。


 そこには、もう人の気配すらない。


 従者が小さく息を吐き、言った。


「……あれが公爵家の白騎士です。陛下ですら、丁重に扱う者たち」


 頭を殴られたような衝撃。


 名は聞いたことがある。

 だが、ここまでとは知らなかった。


「なぜだ……東宮に、今更」


「……婚約者さまの護衛の一人かと」


 従者は手元の書付を開き、淡々と読み上げる。


「三人の随行員の内訳は、侍女オデット、白騎士ジャイアナ。そして――白騎士セレス」


 ……単騎で、東宮の兵を制圧する白騎士。


 地味な公爵令嬢が、なぜ強気でいられたのか。

 ようやく、理解した気がした。


「あいつ……ここまで戦力を持っていたのか……」


 騙された。

 いや――許可を出したのは、自分。


「……メイリーンを呼び出せ」


 ミサラサは、低く命じた。


「今度は欠席するな。――必ず、一人で来るよう、本人に伝えろ」


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