1.そうして魔王と勇者は出会った
ふたりの出会いは闇の中
魔王と勇者が出会ったのは、なんの変哲もない、星がよく見える真っ暗な夜のことだった。
勇者はいつも監視されている。けれどこの国の管理はかなりゆるい。特別な
勇者は愛が欲しかった。甘えさせえくれる
その壁と壁の間にあるあいまいな領土は、一応は人間の領土であるらしい。しかし、ここには魔物が多く出る。それでも壁の外に住みたがる人間はたくさんいて、狭間の地域には小さな村やその跡地が点在している。
ちょうど一年くらい前に、暗夜はその廃墟を見つけた。森の中にぽつんと一軒だけある打ち捨てられて壊れた家。天井が落ちて崩れて、見上げれば空が見える。崩れずに残っていた椅子に背を預けて、ちかちかと瞬く星をぼんやりと見上げる。そうするとなんだか、いろんなことがどうでもよくなってくる。
――このまま壊れた廃墟の一部になって、ずっと星を見上げていられればいいのに。暗夜はいつも、空が白み始める頃にそう思う。
魔王と出会ったあの日だって、暗夜はひとりで心をからっぽにするつもりだった。
*
長い間風雨にさらされて、変色して節くれ立った椅子。暗夜はそれに腰を下ろしてぎしぎしと鳴らしながら、壊れかけて不安定なテーブルに足を投げ出して空を見上げる。
真っ黒な夜空。光る星。ずっと見上げていると距離感がわからなくなって、宙に浮いているような気持ちになった。それが妙に心地良い。
ふーっと息を吐いて、テーブルの上で行儀悪く組んだ足を組み替える。
不意に、外からがさがさとした足音が聞こえてきた。暗夜はまだ来たことはないけれど、このあたりには大きな黒い熊が住んでいるらしい。万が一、外に繋いだ馬がやられてしまえば帰れなくなってしまう。
テーブルに置いた剣を手に取る。床に足をつけて立ち上がると、痛みきった床板が悲鳴を上げた。
気配を殺しながらドアのそばまで歩み寄って、ドアを押し開く。
「あっ、わぁ……っ」
ドアの向こうから気の抜ける声がして、暗夜は眉をひそめて剣を鞘から引き抜いた。素早くドアをくぐる。
どさっ、からんからん……重たい音と軽い金属音がして、足元に明かりのついていないランタンが転がってきた。
「ああ、ぼくの」
ドアの向こうから小さな手が伸びてきて、転がったランタンを掴んで引っ込む。ドア越しにごそごそと音が聞こえる。熊ではないようだが、魔物が闊歩するこの時間は、まともな精神の人間ならば外を歩かない。こんな時間にこんなところにいるなんて、不審者かもしれない。
暗夜は開いたままのドアを素早く閉めて、ランタンの持ち主に向けて剣の切っ先を突きつけて――硬直した。脳の奥からつま先まで、痺れるような衝撃が駆け抜ける。
暗夜が目を見開いたのと同じように、ドアの向こうにいた自分も驚いたようで、立ち上がりかけた中腰の姿勢のまま硬直した。再び鈍い音。暗夜の視線の先で
ちいさな手に握られていたランタンが、ひときわ強い光を放ってすぐに消えた。鮮烈な光に灼かれて、目が眩む。
『わあっ僕がいる!』
ふたりの、同じ声質の声が重なる。思わず暗夜が剣を振り上げ、振り下ろしたそれを眼前の人物がランタンで受ける。ランタンが再び強く光った。ランタンのフレームから火花が散って、持ち手が壊れたそれは地面に打ち付けられて湿った土を跳ね上げながら転がる。
「やめて、ぼく、敵じゃない。おばけでもないよ」
暗夜の目の前にいる、暗夜によく似た人物は、静かにそう言った。自分の尻をはたきながら立ち上がって、暗夜と同じ色の目でじっとこちらを見つめてくる。
「ぼくは、
輝夜は穏やかに微笑んで、黒い目をこちらに向けてくる。自分とそっくりな顔が、自分が普段しないであろう表情を浮かべているのが気持ち悪い。
「僕は……暗夜。この国の勇者だよ。きみは壁の外の人? 僕のこと知らないなんて、珍しいね」
暗夜が名乗ると、輝夜は目を丸く広げて、何度かまばたきをした。少しの間黙ってから、気まずそうに小さな声を落とす。
「ああ、ごめん、やっぱりぼく、きみの敵かも。あっでも敵意はないよ。戦わないけど、でも」
地面に向けてもごもごと控えめに意味の分からない弁明を繰り返す輝夜の手元で、壊れたランタンがちかちかと淡く明滅している。壊れたのは持ち手だけのようだ。この世界で夜を歩くのには欠かせないランタンだが、買うと意外と高いらしい。しかし、壊れたのが持ち手だけなら修繕費もそこまでかからないだろう。暗夜は内心ほっとした気持ちで、ささやかにまたたくランタンの明かりを見ていた。
「ぼく、魔王なんだ。――壁の国の」
「は……?」
ランタンの明かりに気を取られていた暗夜は、一瞬、輝夜の言葉の意味を取り逃した。それから微塵も想像のつかなかった単語が耳に飛び込んで来たことに気がついて、暗夜は絶句した。
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