03 ビタースイート・チョコチップカップケーキ


「あ、荻野さん!」


 なぜか女子高生に懐かれている。

 車道を挟んだ向かい側から、俺を見つけたさくらちゃんはぱっと、花の綻ぶような笑顔をこちらに向けて手を振った。


 何ともまぁ元気なことである。わざわざ一緒にいた友達に断りを入れてまで俺に構いに来なくてもいいでしょうに。

 一緒にいた二人に手を振って進行方向へ走り出したかと思うと横断歩道で右、左、右。随分マナーがよろしいようで。


「こんにちは! 荻野さん、どこかへ行った帰り? 途中まで一緒に行っていい?」

「はいこんにちは。いいけど、パーキングまでだぞ?」

「やったー」


 何がそんなに楽しいのかねぇ。にこにこしながらついて来ようとしているお嬢さんは制服の裾を軽やかに揺らしている。

 同世代の子たちといた方が、会話も弾むだろ。


「いいの? 友達」

「んー、大丈夫! むしろ行かない方がつつかれるっていうか」

「なんだそりゃ」


 ちらりと道向かいを見れば、様子を伺っていたらしいお嬢さん方と目が合った。ぺこりと頭を下げられて、つられてこちらも会釈する。最近の子は礼儀正しいな。

 初めて会った頃は一人で帰宅してたさくらちゃんに、気の合う友達ができたのならいいことだな。大事にしなさいよ。


「この前もらったシュークリーム美味しかったです!」

「おー。パティスリー美空のな。よく現場とか会社の土産に買って帰るんだよ」

「へぇ……、え! 私食べちゃって大丈夫だった?」

「子供がんなこと気にしなさんな」

「あ、ちょっと待ってよー」


 ころころと表情の変わるさくらちゃんを傍目に、車を止めてあるパーキングへと足を向ける。

 随分と懐かれたものだな。たまたまストラップが側溝に落ちたとかで網目蓋を持ち上げてやったのが話をするきっかけだったか。以降見かけるとすぐに話しかけにくる。

 俺も俺で、何かと餌付けしている自覚はあるが。


「これ! お礼に上げます!」


 わたわたと隣まで小走りで寄って来たさくらちゃんがスクールバッグの中から何かを取り出す。ビニール袋とリボンでラッピングされた、チョコチップの乗ったカップケーキだ。

 押し付けるように差し出されたそれを手に取れば、嬉しそうに笑ったり、かと思えばそわそわと視線を彷徨わせたりと忙しいお嬢さんだな。

 とりあえず歩道でわたわたするのは危ないからやめなさいよ。


「えっと、調理実習で作ったんです。あ! 味はちゃんとしてますよ! 七海と梨穂にも味見してもらったし!」

「いや、別にそういう心配はしてねぇけど」

「じゃあ貰ってください」

「貰わないとも言ってないな」


 別に手作りに忌避感はないし、素直に受け取っておく。

 後で頂くか。


「ん。ありがとね」

「えへへ。どういたしまして」


 照れたように笑うさくらちゃんに礼を言って、貰ったカップケーキを潰れないように鞄に仕舞う。

 書類以外に重い物も入っていないし、そこまで心配する必要もないだろう。


 しかし、本当に気にする必要もないんだがな。社員の土産のついでに惰性で自分の分も含めているだけに過ぎないし。

 甘いものは嫌いではないが、自分で食うよりもうまそうに食ってくれる若い子にやる方が見ていて面白い。その点さくらちゃんは反応がいいからつい食べ物を与えたくなる。

 ……これが世にいうおっさんの行動だと言われたら少し辛くなるので、これ以上考えるのはよそう。俺はまだ二十六だ。そこまでじゃない。


「っと、ここだ。番号いくつだったかね」

「私見てきますね!」


 すっかり人の車を覚えてまぁ。

 市街地のパーキング内にてててーっと小走りで入っていったかと思えば、精算機の前にいる俺に向かって大きく手を振りながら「十八でーす!」なんてさくらちゃんは唱える。


 ありがたいんだが、ちょっと懐き過ぎだなぁ。

 普通の女子高生は家族でもない十も上の男に学校で作ったカップケーキを渡さないし、相手の車も覚えない。

 一番問題なのは、現状を悪くないと思っている俺自身か。いや、手を出す気なんて毛頭ないが。


「ありがとね」

「いえいえー」


 短くお礼を言って、精算機のボタンを押す。ポケットの中に取り残されている小銭を数枚投入すれば感情の乗らない電子音声が「ご利用、ありがとうございます」と鳴いた。

 別のポケットから車のキーを取り出しつつ、近くまで戻って来た女子高生を見下ろす。


「? どうかしました? 荻野さん」

「いや? 友達といた方が楽しいだろうに、物好きだなぁと思って」

「ふーん」


 ストラップ拾うのと餌付けだけでここまで懐くものかと思ってな。

 さくらちゃんはもうちょっと警戒心持った方がいいよ? 本当に。世の中悪いこと考えている奴だって、そこら中にいるんだから。


 社用車に近付きロックを外す。運転席の扉から助手席に鞄を置いて一度振り返った。

 さくらちゃんに声をかけて車を出そうと思ったのだが、そこには何やらにんまりと笑ったお嬢さんがいて。


「私、好き嫌いはしない質なんです」


 何言ってんだこの子は。

 「だからなんでも美味しく食べられますよ!」なんて胸を張って笑う女子高生に、意味をわかって言っているのかと、頭を抱えたくなった。


****

二代目は餌付けするのがお好き。


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2025年12月27日 21:05
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魔法少女と二代目。 ささかま 02 @sasakama02

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