02 二代目の日常


「ほーん。それで昨日は現場に顔出さなかったのか」


 がぶりと、シュークリームをかじりながら、さっきまでショベルカーを動かしていた田中のじーさんが言った。

 あれは驚いたわ。馴染みのケーキ屋に行こうと思ったら、怪物と魔法少女の戦いに巻き込まれた。さっき少し店員とも話したが、怪物が現れた時点で、店員たちは裏口から退避したらしい。まぁそうなるわな。


「さすがに怪物が突っ込んできた時は死んだと思ったわ」

「うわー、間一髪っすね。社長が怪我してたら俺らシュークリーム食えなかったわけだし」

「シイナさんフキンシンよ。でもシュークリームおいしい。シャチョーありがとね」

「はいはい。どうも」


 相変わらず若いのは元気だなぁ。若いっても俺とそんなに変わらないはずだが。

 この現場は来春成人の椎名と、ベトナム人のチョウさん。それから大ベテランの田中のじーさんで回してもらっている。じーさんがいれば若い二人でもうまくやれるだろうと思って任せているが、このじーさん一体いくつだったかな。

 俺がガキの頃にはすでにベテランだった気がする。親父が独立する時に一緒に来てくれたのだと聞いているが、事務の石川ちゃんに聞けばわかるか。


「そういや、結局怪物って何なんすかね。ベトナムにもいるんすか?」

「いるワケないよ。そんなエイガみたいなの」

「え、怪物って日本の固有種なの?」


 やめてくれよ、そんな怪獣王みたいな。

 特撮映画の中だけにしてくれ。


「詳しいことはわからねぇが、何十年かの頻度で出てきては魔法少女に追い払われてるぞ。前は俺のガキの頃にも一年くらい出てたな、あん時は確か長野の方だったか」

「ほえー。魔法少女って長生きなんすね」

「いや、さすがに代替わりしてるだろ」


 呑気にシュークリームに齧りつきながら呆ける椎名に答えて、自分用に買った缶コーヒーを飲み干す。

 怪物が街を壊す被害については悩ましくはあるが、職業上、お陰様で儲けさせていただいてますという気持ちもあるんだよなぁ。

 魔法少女には頭があがらねぇわ。いつも死の商人みたいな真似してすまんな。


「んじゃま、あとよろしく頼むわ」

「おう」

「まかせてイイヨー」


 空になった缶を片手にご機嫌で手を振るチョウさんに手を振り返す。

 さー、会社に戻って仕事するかぁ。


 昨日怪物が出た商店街の残骸撤去は他所が請け負うことになったが、それでも仕事がないわけではない。

 新卒で入ってくれた石川ちゃんなんか、入社前に想像していたよりも忙しかったのか、よく「早く帰って推し活がしたい」と呻いているので、差し入れのシュークリームで労わっておく必要がある。


 現場の周りに張った木製の仮囲いと青い防塵布を潜って軽く伸びをする。

 親父がいた頃は俺も現場に出てショベルカーを乗り回していたんだがなぁ。今はスーツであっちこっちに顔を出しつつ、パソコンに向かってばかり。たまに人手が足りず現場に出ることもあるが、それも随分まれだ。

 子供の頃は親父が動かすショベルカーのハサミが三つの爪で器用に物を挟んで移動させるのに憧れたんだがなぁ。


 ……、親父のやつ今どこにいるんだか。

 早々に引退して一人気ままに各地を旅行しているらしいが、よく考えて物を送ってきてほしい。


 この間はコスタリカに行っていたんだったか? コーヒーを豆のままキロ単位で送って来るな。母さんが切れながらコーヒーミル買ってたぞ。コーヒーは美味かったが、ミルは経費になりました。

 あと一緒に送られてきた緩い顔のナマケモノの人形は、誰もいらないって言うから俺の知り合いの女子高生の手に渡ったぞ。


 なんて、くだらないことを考えていたら例の女子高生に声をかけられた。


「おっぎのさん」


 何が楽しいのか後ろからこっそり寄って来て、弾んだ声でこちらを覗き込む。

 この、にへっといたずらっぽく笑ったお嬢さんは春風さくら。美空町にある私立高校に通う花も恥じらう女子高生だ。それはもう、何をやっていても無敵な年頃なので一度懐くとこっちが驚くほどぐいぐい来る。


「はい、こんにちは。今帰り?」

「そうです! 荻野さんもお仕事終わった? 一緒に帰ろ?」

「荻野さんはまだ会社に帰って仕事です」

「えー、ざんねーん」


 えぇ? 最近の女子高生ってこんなもん? 物騒な事件も多いんだからもうちょっと気を付けなさいよ?

 椎名とそう年も変わらないはずなのに、マジでよくわからんな。いや、椎名も椎名でわからんが。


「そうだ。荻野さん怪我とかしてない?」

「怪我? してねぇけどなんで?」

「ううん! してないならいいの。なんでもない!」


 特に覚えがない。いや、怪我では済まなそうな状況に追い込まれたのだが、奇跡的に怪我もせずに済んだわけで。

 冷静に考えてよく普通に仕事してるな、俺。昨日怪物に殺されかけているんですけど。あと数秒魔法少女が来るのが遅かったらマジで死んでいたかもしれないと思うと、今更ながらに冷たいものが背筋を伝う。


 とはいえ、それはそれ。これはこれ。

 小さいながらも会社の社長ともなれば養わなければならない社員もいるわけで、切り替えも必要になってくるんだよなぁ。

 無警戒で俺の隣をついてくるお嬢さんを伴って、パーキングに入れた車のところまで移動する。楽しそうに学校や友達のことを話すさくらちゃんは、相変わらずのご機嫌さんだ。


「ほら、これやるから暗くなる前に帰りなさいよ」

「シュークリーム! やった!」


 車に入れていた会社用の土産の中から、自分用のおやつをさくらちゃんに渡す。

 自分で渡しておいてなんだが、最近の女子高生の危機管理どうなってるんだ。顔見知りとはいえ、そう簡単に貰った食べ物を口にするんじゃないよ。もうちょっと気をつけなさいね。

 微妙に心配になるお嬢さんに、注意喚起をしたら、なんてことないようにふわりと微笑まれた。


「お兄さんなら大丈夫だもーん」


 そういう油断が問題なんだが?


****

パーキングと女子高生

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る