第2話 マリア様登場
「ところで神崎」
市之瀬君に声をかけられ、私は我に返る。まだ何か用だろうか。
同性とすら会話が続かないのに、これ以上男の子と、しかも市之瀬君と会話を続ける自信はないのだが……。
「昨日、駅の近くにいたか?」
「……っ!?」
――うそ、バレてる!?
私が勢いよく彼の方を向くと、市之瀬君はビクッと体を震わせた。今の私はさぞ恐ろしい形相になっていることだろう。
「いいいいいません人違いです私はモスドになんか行っていませんっ!!」
「いや、モスドとまでは言ってないんだが……」
まずい、墓穴掘ったかも。
「清隆、いる?」
その時、一人の少女が教室に入ってきた。
教室内に異様な緊張感が走り、市之瀬君の注意もそれる。……助かった。
「マリアか。どうした」
クラスメイトたちが騒ぐのも無理はない。彼女は校内一の有名人だったのだ。
彼女の名前は
マリア様は、芸能人も裸足で逃げ出すほどの美少女だった。
スタイルもよく、170cmを超える長身に、しなやかに伸びる手足は芸術的な曲線を描いている。
艶のある黒髪は大人びた顔立ちを引き立てるワンレンロング。髪を耳にかき上げてかすかに笑みを浮かべれば、男女問わず彼女の虜だ。
おまけに、マリア様の魅力は美貌だけでない。
入学式では新入生代表として登壇に立ち、以降成績は常に学年1位をキープしている。
陸上部では走高跳の選手として活躍していて、よく校舎の壁に横断幕が掲げられている。
その他にも、弁論大会優勝やアイデアコンテストでの受賞など、彼女の功績を数え上げればきりがない。
もちろん、マリア様は性格だっていい。
彼女の周囲には常に人がいる。教師からの信頼も厚く、後輩からも慕われているらしい。
さらには、特殊詐欺の被害を防いだとか、受け子を諭して改心させた、なんて話も聞いたことがある。
まさに文武両道、才色兼備を地で行く完璧超人。これはもう、誰も勝てっこない。
「うちの親が、今週末一緒に食事でもどうかって――」
そんなマリア様は市之瀬君の幼馴染で、家族ぐるみで仲がいい。
美しく才能にあふれている二人はとてもお似合いで、だからこそ彼らを眺めることが私の趣味になったのだ。
「それじゃあ、また今度ね」
身をひるがえしたマリア様と、私の目が合う。
彼女は少し首をかしげ、ふわりと微笑む。長い髪が揺れて、花のようないい香りが漂ってきた。
「……っ!」
マリア様に心を射貫かれてしまった私は、思わず胸を押さえる。彼女が去ったのを確認してから、耐えきれず机に突っ伏した。
「お、おい神崎? 大丈夫か?」
彼女からすれば、ただの愛想笑い。でも、そんなの関係ない。
――あのマリア様が、私にだけ微笑んでくれた。
その事実が重要だった。
実際、クラスメイトたちから羨望のまなざしを向けられている。
「私、今日死んでも構わない……」
「何を言っているんだ!? おい、神崎。神崎? 死ぬんじゃないっ!!」
……ところで市之瀬君、少しうるさくない?
◇◇◇
というわけで、新学期初日は推しの過剰摂取で心臓が疲れてしまったのだ。
「なるほどぉ。それは大変でしたねえ」
口調は気の毒そうだが、安井の顔はニヤニヤしていた。これは絶対面白がっている。
「でもチャンスじゃないですか。これを機にもっと市之瀬君と仲良くなれるかもしれませんよ」
「だから、私は遠くから眺めるだけで十分なのよ」
何度だって言うが、私は彼らと釣り合わない。
才能に満ちあふれ、自身の力で未来を切り開こうとしている市之瀬君とマリア様。
それに対して、私には何の取り柄もないし、そもそも将来の目標すら思いつかない。親の威光をもってしても輝くことができそうにないのだ。
このことは何度も安井に説明しているはずだが……。
「そうだ、デザートにプリンがありますよ」
「聞けよこら」
「食べますか?」
「食べる」
冷蔵庫から取り出したプリンを運びながら、安井が思い出したように呟く。
「確かにお嬢様は根暗な性格ですからねえ」
「おい」
雇い主(の娘)に対する暴言、許すまじ。いつかクビにしてやる。
「まあ中学生の頃、SNSの炎上を眺めてニヤニヤしていた時期に比べたらまだマシですかね」
「やめて、その話は蒸し返さないで」
あれは完全に黒歴史だ。とてもじゃないが、人様には言えない趣味だった。
安井は頬に手を当て、芝居がかった仕草で首をひねる。
「不思議ですよねぇ。恵まれた生まれから、どうしてお嬢様のような悲しき
「安井。あなた明日から来なくていいわ」
「そんな、困ります! こんなに楽――やりがいのある仕事、他にはありません!!」
こいつ、今、楽とか言いかけたぞ。
「あと、プリンも没収するから」
「やめてくださいそれだけは許せません。労基に駆け込みますよ!?」
ただでさえ学校で体力を消耗したというのに、安井と騒いでいたらさらに疲れてしまった。
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