第4話
全力で振りかぶれる姿勢ではなかった。だが可能な限りの力で、邪甲獣の後ろ足を魔剣でぶっ叩いた。
いや、これリーチの都合上、ほんと剣先がちょっと当たったみたいなものだった。
だが効果は絶大だった。何せ、自重を支えていたはずの後ろ足が、ハンマーでぶっ叩かれたように跳ねたのだから。
あの巨体で、普通なら動くはずがない足が吹っ飛んだのだ。魔剣、マジで凄ぇ!
すれ違いざまだったのが幸いした。邪甲獣はバランスを崩し、倒れかけた。立ち止まって殴っていたら、巻き込まれていた!
邪甲獣は前足で外壁に掴まろうとしたが、石の壁を削り、吹き飛ばしながら叩かれた方へ傾く。
「じゃあ、もう一本!」
俺が魔剣を振れば、ルカは馬を邪甲獣の残る左足へと導いた。こちらも倒れかかっているところに魔剣を叩き込む。
耳をつんざく悲鳴じみた咆哮。邪甲獣が、倒れる勢いを留める術を失い、右方向へ派手に倒れた。
その衝撃で大地が揺れ、馬が立ち止まりバランスを崩した。俺とルカは、地面に近づいたのを幸いと転がるように地面に飛び降りる。
砂埃が上がり、しばしその視界を覆う。くそっ、どんだけデカいんだ畜生め。邪甲獣の巨体が動き、いやもがいているのが影でわかった。
視界はすぐに晴れた。俺は魔剣を手に、倒れている邪甲獣に走った。
「食らえよ!」
その露わになった腹の部分――金属部分を避けて、真っ黒な毛に覆われた腹部に魔剣を叩き込む。
ガンっ、とその腹部がへこんだ。ぶっちゃけ邪甲獣に比べたら、俺なんてネズミみたいなものなんだけど、取りあえず、叩く! 叩く! 叩く!
そのたびにへこみ、亀裂が入り、そしてドス黒い血をまき散らした。剣で斬っているというより叩いている感じだ。ゾッとする臭気に鼻が曲がりそうだ。だが構わず俺は魔剣を叩きつけ続けた。
ヤツが動かなくなるまで。その咆哮が途絶えるまで。
「ヴィゴさん!」
ルカの声に、俺は手を止める。邪甲獣は、完全に動かなくなっていた。
・ ・ ・
「やりました! ヴィゴさん、やったんですよ!」
邪甲獣を倒した直後、俺はルカに抱きしめられた。でっかいお胸様が肩に当たって、一瞬、意識を失いかけた。
割と全力で邪甲獣を叩き続けたから、終わってから疲れがドッと押し寄せてきたのだ。それに俺とルカの体格差だろ? 持ち上げられて、されるがままだった。
お、おう……やっつけたんだよな、これ?
自分でも少し疑っている。本当にあのバカでかい四足の化け物を、俺が倒したのかどうか。
『まあ、我の重量をまともに喰らえばこんなものよ』
ダイ様の声がした。自称6万4000
『むしろ、よくもったほうよ。普通なら、一発くろうて死んでもおかしくないぞ』
「魔剣って凄いんですね」
感心するルカに、ダイ様は声で返した。
『なに、我の真なる力も解放せずに物理で仕留めたヴィゴが頭おかしいんだ』
おい! 何気に貶すのやめてくれる?
『それより、お主ら、いつまで抱き合っておるのだ?』
「え? あっ……!?」
ルカが慌てて俺を放した。
「ご、ごめんなさい。私ったら、つい……」
赤面しながら小さくなるルカ。見た目に反して、初々しくてドキリとしてしまう。ギャップだギャップ。いや、俺の方もその……すいません。
「あの戦士が、仕留めたのか!?」
声が聞こえた。というより周りがうるさくなり始めている。外壁の上では歓声が上がっていて、門から出てきた者たちも絶叫している。
「やった! やったぞー!」
「魔獣が死んだーっ!!」
邪甲獣の周りに王国の兵士や冒険者たちがやってきて、騒々しくなった。王国の騎士が、俺とルカのもとにやってくる。
「お前が、この化け物をやったのか?」
やたらと威圧感のある八の字髭の男だ。鎧の豪華さから上級の騎士だろう。見た目もあるが、偉そうな人の登場で俺は緊張してきた。
「まあ……たぶん、そうだと思います」
「うむ、上で見ていた者たちが、お前がひとりあの化け物を倒したというのでな。にわかに信じがたいが……」
「わかります」
このスケール差だもの、無理もない。実際に見ていないとな。
「見たところ、冒険者のようだが……。どうやって倒したのだ?」
「ええーと、この魔剣で――」
手にしたダーク・インフェルノを指さしつつ見せれば、不意に声がした。
「ヴィゴォ! ヴィゴ・コンタ・ディーノ!」
「クレイのおっさん!」
中年冒険者のクレイが、他冒険者たちと俺たちの方へやってきた。
「この化け物を倒したって言うのはぁ、お前だったたのかっ?」
「待て、いま私が話しているのだ。引っ込め」
上級騎士はクレイたちを睨んだ。……というか、どんどん周りに人が増えてるな。
「魔剣と言ったが?」
「ええ、スウィーの森の魔剣です。ついさっき手に入れまして……」
「カラコルム遺跡の魔剣んん!?」
クレイが大声を発し、周りもざわめいた。
「手に入れたのか! お前がっ!?」
「マジかよ!」
水を差され、冒険者たちを睨みつける上級騎士。クレイは口を閉じる。
「それほど凄いのか。よく見せてくれ」
「どうぞ」
俺は騎士にも見えるように魔剣を出した。八の字髭の上級騎士が柄に触れた途端、魔剣が吸い込まれるように地面に突き刺さった。
「うおっ!?」
「危なっ」
思いがけないことに俺も騎士も目を丸くした。剣先が地面に刺さり、周りにヒビが生えているような。
グリップを握る騎士。だが持ち上がらない。皆が首を傾げる中、上級騎士は両手で持って必死に持ち上げようとするのだが、ビクともしない。
「何だこれは……重すぎる! 動かん!? お前、魔法を使ったのか?」
いえいえ。魔法なんてとんでもない。
「騎士殿、ヴィゴは魔法使いじゃありませんよ」
クレイが助け船を出してくれた。
「ちょっといいですか?」
一言断って、今度はクレイが剣を抜こうとした。しかしやはり動かない。
「くそっ! 駄目だ、全然ビクともしないぜ」
「オレにやらせろ」
力自慢の冒険者が名乗りを上げたが、結果は同じ。しょうがないので、俺が握ると素直に抜けた。
「おおっ……!」
「やっぱ、持てるのは俺だけみたいです」
上級騎士は腕を組んで頷いた。
「うむ。どうやらお前は魔剣に選ばれたのだろうな。よろしい。この化け物のこともある。私と共に城に来てくれ。王都の危機を救ってくれたこともある。褒美も出るかもしれん」
「わかりました」
そういうことなら。断る理由もなかった。
外壁の門をくぐり、騎士や兵士たちに囲まれて王城へと向かう。
寄り道はできなかったが、チラと見た限りでは、邪甲獣のブレス攻撃で倒壊した建物もあったようだった。
怪我人の移動も見たし、救助を叫び声がチラホラ聞こえた。
俺は、生まれて初めて王城の中に入った。ここでも負傷した騎士たちや、慌ただしく行き交う兵士の姿を見ることができた。
ひょっとして、王様に声を掛けられたりするのか? どうしよう、こんなボロっちぃ装備つけた冒険者の格好で。
そこで、ふと、除名されたパーティーのメンバーだったルーズやエルザ、アルマのことを思い出した。あいつらも王都に居たけど、邪甲獣の攻撃でやられていないだろうか?
などと考えていたら、先ほどの上級騎士と、その他に魔術師らしき集団がやってきた。
「魔剣を解析させてほしい」
危険がないか調べたいというので俺の見える範囲で許可した。というか、俺でないと持ち上げることもままならないから。
ああだこうだ言いながら解析する魔術師らを、部屋の端の長椅子に座って見守る俺。八の字髭の上級騎士が俺の隣に座った。
「手をかけさせてすまぬな。魔剣といえば相応に危険なものも多い。スウィーの森の魔剣は暗獄剣と呼ばれ、大陸を破壊する恐るべき力を持っていると伝わっている」
「らしいですね」
「あの巨大な魔獣――ああ、古代の文献によれば、魔王が使役した邪甲獣というらしい」
「邪甲獣、ですか」
ダイ様から聞いていたから初耳ではないが、魔王が使役したというのは知らなかった。
「その邪甲獣を倒したのだ。あの魔剣の力は凄まじい」
「そうですか。……でもあれ、全盛期からほど遠いらしいですよ」
「というと?」
「実はですね――」
俺は剣を持てるだけで、魔力が全然ないらしく、魔剣の力を引き出せないことを伝えた。
「――なんと、あれで全力ではなかったと」
「俺が使う限りは、限りなく鈍器ですね」
「しかし、たぶんお前しか使えないだろう」
上級騎士は自身の八の字髭を撫でつけた。
「上のほうじゃ、暗獄剣を管理できる場所に置いておきたいようだ。伝説にあるような力を個人の手に委ねるのは危ないからな」
「取り上げられるってことですか?」
せっかく手に入れたのに。ここに来たのは失敗だったか。
「魔術師たちの解析次第だが、お前の言うとおり、魔剣としての力が発揮されていない、発揮できないというのなら、ただの剣だ。それにお前以外に持てないなら、話は変わってくる」
他の者に盗まれることもない――上級騎士は真顔で言った。
「今回、邪甲獣が現れた。我々が束になっても敵わないほどの敵だ。伝説によれば邪甲獣は一体だけではないという。またあれが現れた時、対抗できる戦力は王都にいて欲しい。ヴィゴと言ったな――」
上級騎士は背筋を伸ばした。
「王国はお前を騎士にするかもしれん。もちろんお前次第だ。断ることもできる。冒険者がよいと言うならばそれでも構わない。王都の危機の時、今回のように戦ってくれるなら、王国はきっとあの魔剣をお前に預けるだろう」
俺を騎士に……? ちょっといきなり過ぎて、少し考える時間はあるかな?
・ ・ ・
魔剣ダーク・インフェルノは、その力が発現していない。ただの魔法金属製の剣である――解析した魔術師たちは、そのように報告した。
結果、髭の騎士殿の言うとおり、魔剣は俺が使っていいことになった。
邪甲獣の襲撃に王都が騒がしいため、正式な褒美は後日となった。ただ前金というわけではないが、金貨100枚を貰った。
大金だ。家も買えるし、オーダーメイドの高級武具を揃えられる。装備などに使わないなら、しばらく遊んで暮らせる。……それも正式な褒美はまた別なのだから恐ろしい。
魔剣は俺の手に戻ってきた。というか、俺にしか動かせなかった。俺がいなければ移動もできないという。手の掛かる剣である。
『まあ、よかったではないか』
「まあね」
城にいた頃には、ずっと黙っていたダイ様が言った。無意識のうちに所属していたパーティー『シャイン』のパーティーホームへ向かってしまったが、着いてしまって後悔することはなかった。
ホームがなくなっていた。
邪甲獣のブレスが直撃したルート上に存在していたのだ。周囲の建物同様、蒸発してしまったらしい。
『お主の元仲間も吹き飛んだか?』
「いや、今日は王都を出て、遠征する予定だったから、たぶん留守だったと思う」
取りあえず死んでいないというのはこういう理由だ。まあ、除名された身だから、あまりウロウロしていては未練タラタラなんて思われるかもしれないから、もう近づくつもりはないけど。
さて、過去にさよならを言って、これからだ。まずは冒険者ギルドへ行くか。たぶんクレイたちもいるから魔剣使いって話はもう広がっているだろう。
どこぞのパーティーが勧誘してくれればいいが。……そこのパーティーホームへ厄介になれば、ひとまず寝床には困らないだろう。
・ ・ ・
「ヴィゴ! うちのパーティーに入らないか?」
「あんた強いんだな! Dランク? そんなの気にしない気にしない!」
「俺たちはあんたのような強い男の戦士を探していたんだ!」
「鋭い目つき。只者ではなかったわね。どう? ワタシのところに来ない?」
ギルドを歩いていたら冒険者たちが集まってきた。最初は邪甲獣を倒した俺を『英雄だ』『魔剣使いだ』などと褒めなくっていたが、気づけば激しい勧誘合戦が始まっていた。
熱い手のひら返し。
昼間、俺をフッた連中までが、熱心に勧誘に来た。
付加価値、凄ぇ。というか、邪甲獣退治と重なって、評価が凄まじいことになっている。ぶっちゃけ、引くわこんなの。
誘いが多すぎる上に、圧が強くて判断に困る。
どうしたものかと思っていたら、冒険者ギルドの職員がやってきた。
「ヴィゴ・コンタ・『テ』ィーノ?」
「コンタ・『デ』ィーノ。ディーノ」
「……ギルマスが呼んでる」
呼びにきた男性職員は、それだけ言うとさっさと踵を返した。名前を間違えた上に、伝言済んだら去るとか、俺の扱い雑じゃないかな? まあいいや、冒険者たちの勧誘から逃れる口実ができた。
はてさて、何を言われるんだろうなぁ。
次の更新予定
2025年12月31日 07:31
持てる男の最強冒険者道 ~モテ方がわからないので魔剣を振り回してみた~ 柊遊馬 @umaufo
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