第3話


 邪甲獣が前足を振るった。ルカは剣で防いだように見えたがパワー負けして弾かれた。力が違い過ぎる!


「来いよ、化け物ォ!」


 俺は魔獣の注意を引くべく叫んだ。こっちに来やがれってんだ!

 邪甲獣が俺を見た。悪魔の如き黄金の瞳孔が俺を射貫く。やべっ、気圧された……!


 足が止まった。地面に押しつけるような恐怖。圧倒的プレッシャー。俺は一瞬、自分の死を感じた。その瞬間、邪甲獣は俺めがけて飛び掛かってきていた。速ェ!

 それはとっさの反応だった。剣を振った。俺に飛び掛かるヤツの鼻っ面に一撃を叩き込むタイミングだ。

 だがそれで終わりだ。仮に剣が当たった瞬間、ヤツの突進の勢いをまともに食らい、こちらも吹っ飛ぶ、そして潰れる。

 剣が邪甲獣に当たる。


 吹っ飛んだ。邪甲獣が。魔剣ダーク・インフェルノ。重量6万4000トンが蚊を潰すが如く、黒き魔獣の体を叩き潰したのだった。


 え……?

 後から音がついてきたように、俺は間抜けな呟きを発していた。

 普通、あれだけ大きな物体が迫ったら、こっちもノーダメで済むわけがない。だが現実として、俺は無傷で一撃で圧死したのは邪甲獣のほうだった。


「これが、魔剣……ダーク・インフェルノか……!」

『いやー、我は何もしておらんぞー』


 ダイ様が言った。


『先にも言ったが、お主の魔力が我にまったく影響していないから、ただの魔法金属の棒だぞ。それを吹き飛ばしたのは、我をぶん回せるお前の力だぞ。誇ってもよい』


 お、おう……。そうだよな。いつもの武器だったなら、俺は死んでいた。背筋が凍った。


「スゲェェーっ!!!」


 唐突な声にビックリした。見れば馬車の生き残りだろう。邪甲獣から逃れられたことで歓声を上げていた人がいた。死の恐怖から解放された反動だろうか異様にテンションが高いような。


「あ、あの……」


 声を掛けられ、慌てて振り返った。見れば長身美女のルカだった。あ、はい――


「あの、おかげで助かりました。ありがとうございます!」


 でかい。お胸もだが、長身の彼女は、余裕で俺を見下ろす位置だ。お礼に頭を下げられたが、それでもまだ大きい。

 お、おう、怪我はない?


「……?」


 キョトンとされてしまった。あー、そうだ。声が出ていないんだ。あと、えと……あ――

 何とか声を絞り出そうとするが、いつもの如く上手くいかない。


『我が主は、怪我はないかと申しておる!』


 唐突にダイ様が声を発した。これにはルカがビックリする。


「え、今の声は!?」

『我は、暗黒地獄剣、ダーク・インフェルノ! 暗黒の力が宿りし、地獄の業火! ……今はこの男の手の中にある』

「剣が、喋って……?」


 混乱するルカ。うん、気持ちはわかる。剣は普通喋らないもんな……。


『それで、ルカと言ったか、小娘。どうだ? 怪我はないのか?』

「あ、は、はい。打ち付けたせいで体が痛いですけど、骨は折れていませんから大丈夫です」


 丁寧かつ物凄く物腰が柔らかな対応だった。長身というだけで威圧感を感じていたが、話すと意外と優しげだ。


「えっと、たしか冒険者ギルドでお顔を拝見したと思うのですが、改めて。私、ルカと言います」


 ヴィゴだ。ヴィゴ・コンタ・ディーノ。


『我が主の名は、ヴィゴだ。よく覚えておくとよい」


 代弁ありがとう、ダイ様……!


「どうぞよろしく、ヴィゴさん。お強いんですね」


 優しい表情で話しかけられて、心臓がドクリと跳ねた。背の高さを除けば、彼女はスタイルが大変よろしい美人さんだ。そんな人から好意的に接してもらえたら、ドキドキが止まらない……! ま、まあ。俺というより、この魔剣の力だけどな。


『そうだぞ。我の力だ。存分に褒めるがよいぞ!』


 ダイ様が得意げに言った。いやさっき、自分は力を出していないとか言っていたじゃないか。


『それはそれ。これはこれだ』


 とても都合がよろしいのね、魔剣さんは。

 その時、遠くから破砕音が聞こえ、さらに邪甲獣の咆哮が天にも届く勢いで轟いた。そうだった。こんなところで駄弁っている場合じゃなかった。王都がクソデカ邪甲獣に襲われようとしていたんだった!


「ああ……! 王都の外壁が!」


 ルカが口元を手で覆った。

 生存者たちも呆然とそれを目の当たりにする。黒く巨大な亀のような体を持つ邪甲獣が、そびえ立つ城壁に前足からのし掛かり、ガラガラと押しつぶしているのを。


 どうするんだ、これ……!?

 邪甲獣の大きさは規格外だ。王都カラムを囲む外壁だって、三十メートルぐらいの高さはある。

 それよりデカいって、マジで化け物だ。邪甲獣のドラゴンのような頭、その口腔が輝くと、オレンジ色の光線を吐き出し、さらなる破壊音を響かせた。


 ブレスまで吐くのか! こりゃ本当に王都が滅ぼされてしまうかもしれない。

 慣れ親しんだ建物。パーティーホーム、冒険者ギルド。そこで会った人たち。俺を除名したルーズやエルザにアルマ、冒険者たちの顔が浮かんでは消える。


 畜生……。好き勝手やりやがって! だが、あんなデカ過ぎる化け物にどう戦えっていうんだ?


 王都には上級の冒険者もいる。しかし彼らでさえ、束になっても敵うかどうか。サイズが違いすぎる。いかな名剣、伝説級の武器があろうとも、まともな戦いにすらならないだろう。

 こういう時、聖剣を持つ勇者なり冒険者がいれば……。


 いや、俺の手には魔剣があるじゃないか。大地を割る力を持ったこの魔剣ダーク・インフェルノならば!


「ダイ様!」

『なんだ?』

「この剣の力なら、邪甲獣とも戦えるんじゃないか!?」

『まあ、我が本気を出せればな』

「出せよ!」

『お主の魔力があればな! しょぼ過ぎて、力も使えんわ、愚か者め! だが――お主の力で、直接ぶん殴れば、今の我でも邪甲獣もひとたまりもあるまいて。重量の点では、あやつと我では桁が違うだろうし。せいぜい3桁……4桁もあるまい?』


 重量では5桁トンのダイ様である。勢いをつけての殴り合いなら、どちらが凄まじいかは言うまでもない。……そうか、殴ればいいのか。物理で、直接。


「いやいや、あんなデカ物のそばまで近づくのは難しいぞ」

『だが、やらねば、何も変わらぬぞ?』


 ……その通りだ。王都にあの邪甲獣を退ける力があるとは思えない。


「ああ、わかったよ! 行くよ、行けばいいんだろ! じゃあ行くぞこの野郎!」


 俺は魔剣片手に王都へ走った。うわ、改めて考えなくても、遠くない? 腰に下げているショートソードが邪魔な感じ。


『なんなら、その荷物、我が収納してやろうか?』


 収納って何?


『収納は収納だ。インベントリ、アイテムボックス? そんなようなものだ』


 アイテムボックスならわかる。サイズや重量を無視して色々入る魔道具だ。そんな能力もあるのか、この魔剣は。


『うむ。我はおよそ7100トンほど収納できる』


 感覚が麻痺しそうだ。何だそれは。大容量過ぎるのではないだろうか? わけわけらん。


「収納した分だけ我の重量も増えるがな。まあ、我を持てるお主なら、大したことはあるまい」

「じゃあお願い!」


 今は少しでも軽く……いや、重量的には変わっていないのか。しかしだいぶ走りやすくなったし、手に持っているものについては重さをさほど感じていない。なら、それでいい。

 しかし……遠いなぁ。


 走って移動したら、つく頃にはバテてしまうだろう。それに王都もかなり破壊されてしまっているに違いない。やべぇ、こりゃ王都まで保たないわ……。


「ヴィゴさん!」


 後ろからルカの声がした。思ったより近い。彼女もついてきたのか。というより、この音は馬?

 振り返れば、ルカが馬に乗って追いついてきた。


「乗ってください!」

「お、おおっ――!?」


 グイッと掴まれ、そのまま馬に乗せられた。ルカさん、長身だけにあらず力も相当だ。大人ひとりを軽々持ち上げちまった。

 しかもルカの前に座らされるって、まるで親の前に乗る子供みたいなポジションだ。彼女はデカいから余計に。……馬は大丈夫なのか?


「王都へ行くってことでいいんですよね!?」

「あ、ああ」

「ヴィゴさん、あの化け物と本気で戦うつもりなんですか?」


 そのつもりだ。いい思い出も悪い思い出も詰まった場所だからな。無茶だろうけど。ぶっちゃけ、超巨大な邪甲獣に立ち向かえるかどうかなんて、わかんないけど。見てられない……。


「優しいんですね」


 お人好しってよく言われる。

 ルカは笑ったようだった。後ろ見てないからそう感じただけだけど。……そうだよな。普通なら勝ち目のない邪甲獣に襲われている場所に行こうなんて正気の沙汰じゃない。避難するほうが自然なのに、敢えて戻ろうとしている。


「付き合いますよ。ヴィゴさんには助けられましたから! 恩返しさせてください!」


 そ、そうか……。気持ちは凄く嬉しい。こんな美女に恩返しさせてと言われるのは男冥利に尽きるというものだ。

 しかし、実は結構、姿勢的にキツイ。息遣いが聞こえそうなほどすぐ後ろにルカがいるが、俺が姿勢を伸ばそうものなら、彼女の豊かな胸に背中が当たってしまいそうで前傾がちなのだ。馬にも相当悪いと思う。


 しばらく走り、何となく馬の走る速度が遅くなっているように感じた頃、巨大な王都の外壁の間近にまで到着した。

 邪甲獣が外壁に取り付いて暴れているが、どうやら王都の守備隊や冒険者たちが何とか戦って足止めしているようだった。

 もとよりのっそりしている邪甲獣も、王都内に時々ブレス攻撃を放つものの、まだ侵入には至っていない。


 だがそれが幸いしたな。のしのし歩いていたら、その都度発生する振動で、近づきにくかっただろうから。

 意識を集中させる。敵は大きいがそれに飲まれるな。ダイ様がその言葉通り伝説の魔剣であるなら、邪甲獣だって――


「ルカ、本当にいいんだな!?」

「お供します!」

「なら、そのままヤツの後ろ足に!」


 すれ違いざまに、魔剣を叩き込んでやる。


『この期に及んで、本当に使えんやつだなぁ』


 剣のほうからダイ様の声がした。


『緊急事態ともなれば、少しは火事場の馬鹿力で魔力も出ると思ったが、そんなこともなかったか。……まあよいわ。多少危険だが、ぶっ叩け』


 言われなくても、それしか手がない!

 ガラガラと上から外壁の欠片が落ちてくる。欠片と言っても、巨大な瓦礫だが。直撃したらこちらも無事では済まない。怖いと思ったのは一瞬、今は目の前の化け物に集中!

 樹齢千年レベルの大木じみた邪甲獣の後ろ足が、グングン迫る。


「ヴィゴさん!」


 おおおぉっ!

 俺は魔剣ダーク・インフェルノを構える。ルカが手綱を握ってくれているから、馬の制御は気にせず攻撃に専念できる。

 このまま、ぶつかれぇっ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る