第2話
『聞いておののけ人間よ! 我は暗黒地獄剣、その名もダーク・インフェルノ! 暗黒の力が宿りし、地獄の業火よ! 恐れ入ったかーっ!』
魔剣を台座から引き抜いた途端、聞こえてきた子供っぽい声。頭の中に直接聞こえているような……。これはいったい。
『おい、人間、聞こえておるんだろう?』
えっ、もしかして、剣の声……?
『そうだ、お主が手にしておる剣だ!』
口には出していないのに、やたら尊大な口調の声が響いた。女の子、か? 魔剣に宿る精霊とかか?
『違う。我は魔剣そのものだ!』
……。
どうしたものか。
いま俺は魔剣があるというカラコルム遺跡にいる。王都を出て東に行ったところにあるスウィーの森の中だ。
その魔剣は、何でも大地を砕く力を持った魔剣であり、その力は一国の軍勢を一蹴したと伝えられている。
『そう、それが我だ!』
……時の勇者がその持ち主を倒し、魔剣はカラコルム遺跡――当時は神殿に封印された、というのが千年も前の話らしい。本当のところはよくわからない。
『本当だってば!』
……そんなおっかない力が本当にあるのか。遺跡は語っちゃくれない。
『我が語ってやる! その伝説は――』
そもそも本当に魔剣なのか? 暗獄剣だかって言われているけど、銘柄も怪しいしな。
『怪しいだと!? この魔力なし人間め!』
それって俺のこと? まあ、仮に本物の魔剣だったとしよう。
『さっきからそう言っておるだろう!』
その魔剣は、これまで抜こうとした奴がごまんといて、誰も抜けなかったと聞いている。それが簡単に抜けてしまったとなると、俺には何か適性があるってことなのだろうか? 俺自身知らない素質がある。
『うーん、まあ、そうかもしれんな。だがお主は本当に魔力がないなぁ』
魔力? ああ、俺は戦士だからな。魔法の類いは、たぶん使えない。でも魔剣は抜けた。ダーク・インフェルノとかいう暗黒剣を。
『おっかしいなぁ。魔力もない奴が我を持てるなどあり得ないんだが……』
そうなのか? 俺はこう見えて以外と力がある。持とうと思ったものは大抵持ち上げられたりとか。
『実際、我の力がまったく解放されておらんだろ? 魔剣ではあるが、ただの剣だ』
それはつまり、伝説に聞く力がまったく発動しない状態ってこと? いやでも、俺は抜いた。それって俺に魔剣が選ばれたってことだろう?
『我は選んどらんぞー』
くっそ投げやりな調子で言われた。え、じゃあ適性は?
『何故、台座から我が抜けたのかさっぱりわからん。お主、何をやった? と言うか、何故我を平然と持てる。素質のない者にはとても持てないのだぞ?』
それは素質があるということでは……?
『素質があるなら、そもそも力も解放できるはずだ!』
スパンと魔剣は言い切った。
『つまり、お主は正規ではない方法で、台座から我を抜いたのだ』
「正規の方法ではない……?」
『そうだ。しかし、何かしら力はあるのだろう。でなければ、今もこうして我を持つことなどできぬ。何故なら、我の重量は6万4000
6万……って、はあっ!? あまりにあまりの数字に驚愕した。待て待て、騙されないぞ。そんなもの人間が持てるわけないだろ! 嘘つくなよ!
『だから、お主が異常なのだ! 何か他の力を持っているとしか思えん』
……そんなことを言われても、俺、そんな力なんてないんだがなぁ。
あり得ないが、仮に魔剣が言うことが本当だとしても、俺にそんな6万ウン千トンを持つ力なんてない。いくら俺が力持ちでも、そんな怪力があれば今頃有名人だっただろう。それならDランク冒険者に収まってはいない。
『ふうむ、主にも心当たりがないとか……嘘は言っておらんな?』
魔剣が考え込むようにうなり出した。
『持てるはずないんだがな……。まあ、いいか! お主は我が持てる、それで充分だ!』
子供みたいなお気楽な自称魔剣。……そうだよ。持てるわけがないんだよ。まったく馬鹿げている。
『何でもいいよ。そうだお主、物は試しだ。我を持って、そこな大岩を横凪ぎに払ってみせよ』
魔剣が促した。おう、喋る剣とはまた異質だが、俺の剣ということであるなら、これから使っていくわけだからな。本当に魔剣であるなら遺跡の残骸ともいうべき大岩もスパっといくだろう。……折れたら、その時はその時だ。
「せいっ!」
普通に切りつける。どうせ止まるか弾かれるかだから、渾身の力は入れずに振った。
当てた。砕けた。岩が。
「え……!?」
さすが魔剣というべきか。岩ごときではその刃を止められなかった。剣が当たった部分より上がバラバラになって吹き飛んだのだ。
「すっげ……」
『まあ、6万4000トンがぶつかれば、力を解放せんでもこうなるわな』
ええぇ!? 魔剣のパワーじゃないのこれ? 威力バカ高なんだが……。剣と相性が悪いフルプレートメイルをまとった騎士でさえ、盾ごと吹っ飛ばせそう。
「本当に、魔剣の力じゃないの?」
『ダーク! インフェルノ! だ! ……そうだ、我は力を欠片も使っておらーんぞ』
ふむ、大地を砕く力を持った魔剣という伝説が本当ならこれくらいのことは朝飯前なのかもしれない。6万4000トン? 知らん知らん。俺が地面に埋まることなく振り回せるんだ、そんなことは些細な話だ。
というわけで、これからよろしくダイ様。
『はぁ!? 何だ、ダイ様とは! 我の名はダーク・インフェルノ! 偉大なる暗黒地獄剣だ。わけのわからん呼び方を――って略しおったな! お主ーっ!?』
『ダ』ーク・『イ』ンフェルノだから、略してダイ様。長いからさ、呼びやすいほうがいいんじゃないかな、と思って。魔剣さんは気にいらないみたいだけど。
しかし、せっかく魔剣を手に入れたのになぁ……。
『何だ? 何が不満があるのかーっ!』
頭の中で怒鳴らならいでくれ。実はな――斯く斯く云々で……。
『ふうむ、お主も苦労しておるようだな』
そうなんだよ。俺、ダイ様とやりとりしてるけど、たぶん言葉として一度も発してない。それでも意思疎通ができるって、女性とお喋りが上手くできない俺としては大助かりなんだ。
『しかし、我を持って
やっぱ、そう思う?
『まあ、我を魔剣の中の魔剣と見てここまで来たのは褒めてやってもよい』
いや、そこまでは……。近場にあるというので、ちょっと様子見にきただけだったんだが……。まあ、いいか。それにしても、彼女はどうしてこう上から目線なのか。
その時、不意に地面が揺れた。
「ん……?」
ゴゴゴッ、と激しく揺れる。地震だ。しかし、何だこの強さは!?
そして聞こえた! 遠くから異様な咆哮が。さながら大地の隅々まで届きそうな大音量だ。いったい何だ? まさか、ドラゴンか?
『ずいぶんと懐かしい声ではないか』
知っているのかダイ様!?
『ふむ、あれはおそらく邪甲獣だ』
「ジャコウジュウ?」
まったく聞いたことがない名だった。
『我が封印される前に、世界を荒らし回った巨大な魔獣よ。お主はドラゴンなぞと口走ったが、もし邪甲獣ならば、そんなチャチなものではないぞ』
何だかとてつもない化け物らしい。そしてその途方もなく巨大な化け物が現れた。
小さな振動の連続は、まるで巨大な何かが歩いているそれのようだった。ゴクリ、と俺は唾を飲み込んだ。邪甲獣――いったいどんな化け物なんだ。
俺はスウィーの森の外へとたどり着いた。ここから西の方角を見れば、俺の住んでいる王都カラムが遠くに見える。そのはずだったのだが、それよりもまず目を引いたのは――
「何だありゃ……!?」
思わず声に出た。バカでかい四足の化け物が王都の方向へゆっくりと歩いていた。のっそりとした動きながら、大地に足跡を刻むたびに振動が起きた。
『見よ、ヴィゴ。あれが邪甲獣だ』
ダイ様の声が頭の中に響いた。
黒い体躯。竜のような頭に亀の胴体。しかしその甲羅や四足の部分はさながら鎧をまとったような金属に覆われている。さながら地獄の生物か、神の世界の獣か。
『あやつは、人のいる町を襲う』」
ダイ様は断言した。じゃあ、王都がやばいんじゃないのか?
『お、こっちにも分体が来るぞ』
え……? 見れば馬車が一台、こちらに向かって全力で駆けてくる。
その後ろを四足の獅子のようなものが一体、追尾している。黒い体躯に鎧じみた身体を持つそれは――
「あれも邪甲獣か!?」
『その分体だな。小さいが硬いし、素早い。あの巨大邪甲獣が入らないところにも入れるぞ』
馬車は森に入ろうと石畳の道を走る。しかし獅子型邪甲獣のほうが足が速かった。もう少し、というところで――つまり俺たちの近くで、馬車は追いつかれた。
飛び掛かってきた邪甲獣に踏み潰されたのだ。寸前、中にいた人間が四方に飛び出した。逃げ遅れた奴はたぶんミンチだろう。衝撃で馬車は四散し、御者も吹っ飛んだ。
でけぇ。小さいとか言っても高さは三
「うわああっ!?」
とか言っていたら、マジで一人喰われた。悲鳴が悲鳴を呼び、投げ出されて生きていた人たちが慌てふためく。
その中にあって、一人の女性戦士が剣を手に邪甲獣に立ち向かった。亜麻色の長い髪、整った顔立ちに、スタイル抜群の美女。邪甲獣の大きさに惑われたが、かなりの長身である。
「ルカ……?」
『お主の知り合いか?』
「話したことはない」
『うむ。しかし……デカいのぅ、色々と』
胸も尻もデカく腰回りはほっそりしているが……そうでなく身長がだ。190センチ近くある大女である。武器はロングソードだが、彼女が持つと小さく見える。それだけ彼女が大きいのだ。
それはそれとして、たった一人で立ち向かうつもりか? くそっ、そんなの見てられないだろう!
俺は走った。手には魔剣ダーク・インフェルノ。
逃げろ、ルカ!
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