第4話 私の気持ちと彼の気持ち

その夜、彼からメッセージが届いた。


「今日は偶然会えてよかった」


短い一文なのに、返事を打つ指が少し震えた。


昔なら彼はきっと、

長文で気遣いを書いていただろう。


でも今の彼は、余白を残したまま送ってくる。


数日後、コーヒーを飲もうという誘いがあった。


「無理なら大丈夫」とは書かれていなかった。


その代わりに、

「一緒に行きたい」

とだけ添えられていた。


小さな店で向かい合う。


懐かしさよりも、

初対面に近い緊張があった。


「前みたいには、戻れないね」


私が言うと、彼ははっきりと頷いた。


「戻らなくていいと思う」


その言葉に私は救われた。


過去を修復する必要がない関係なら、

怖くなかった。


会う頻度は少なかった。

連絡も期待しすぎない距離。


それでも会話の中に沈黙があっても、

逃げなかった。


ある日、私が不機嫌を隠さずに言った。


「今日は、正直ちょっと嫌な気分」


彼は困った顔をして、

それから言った。


「じゃあ、今日は早めに帰ろう。

 俺も少し疲れてる」


その率直さが、心地よかった。

優しさが、選択になっていた。


帰り道、信号待ちで彼が立ち止まる。


「もう一度、ちゃんと好きになってもいい?」


私はすぐに答えなかった。

昔の私なら、勢いで頷いていたかもしれない。


「……ゆっくりなら」


そう言うと、彼は小さく笑った。


「それでいい」


手は繋がなかった。

でも、歩幅は自然に揃っていた。


それが、私たちの新しい始まりだった。

一度壊れたからこそ、

今度は壊れにくい形でそっと始まったのだ。

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優しさの向こう側をみたいのに 踊るrascal @rascal-0411

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