どうでも良い一面
1 デルタ・セイレーン
「実はこの髪、シャンプーで色をおさえているのよ」
濃霧の様な白い髪のデルタがそう言った時、一同は思わず彼女を見た。
という疑問がエメの喉元から飛んででそうになったが、人種問題、凄惨な過去など、どれにひっかかるかわからないから、慌てて言葉を飲み込んだ。
エメとローレンは、アダムを見る。
(行け、問いただせ。こういう沈黙を破れるのはお前しかいない)
眼鏡の奥で、ジトッとした目線を送るローレンと、
(おねが~い、気になるの~!!)
と、ちょっとだけあざとくおねがいのポーズをするエメを横目で見たアダム。
ちなみに彼は、あざとい女子が好みではなく、ちょっと、はすっぱな方が好きらしいが、それを知る者はこのラボにはいない。
「お前、アルビノじゃないのか?」
なんの躊躇も無く言い放つその言葉に、デルタはきょとんとして
「? アルビノだし、ゴッズブレス出身の純血、白の民だけど、それがどうしたの?」
と言ってのける。
エメが遠慮がちにつづいた。
「じゃあ、シャンプーで色を抑えてるってどういう事……?」
ああ、とデルタは思いだしたかのように笑い、
「私、地毛が銀に近いのね? で、白の民文化には、より白きが美しいって価値観があるから、真っ白になるように、赤みを足して青みを抑えてるのよ。
そっか、ハーキマーの価値観だと、私レベルでも十分白い髪に見えるのね」
と、嬉しそうに言った。
(すっげーどうでもいい)
(差がわからない)
(歌姫レベルでもコンプレックスって持つのかな…)
ふんふんと鼻歌交じりに資料作成に戻るデルタへ、一同はどう言葉をかければ良いのかわからなかった。
*
2 アダム・ランカスター(巻き添えで、エミール・ローレン)
「アダムって、アイドルとか好きじゃ無いって聞いたけど、本当?」
ハーキマーの昼下がり。これと言った事件も、切迫した締め切りが迫るレポートも無い中で、食事中に爆弾を投下したのはエメだ。
「……」
一瞬固まったまま、何かを逡巡するアダム。
ローレンは聞いていないふりをしているが、案外聞いている事をエメは知っている。
デルタはキヌアサラダを黙々とほおばりつつ、アダムをじーっと観察している。
エメから見るデルタは、アダムの好みを知ろうとしているようにも、からかってやろうと手ぐすねをひいているようにも見えない。
ただ、穏やかなメインクーンが食事をして、毛づくろいをし終えてこちらを見つめるように、アダムを見ていた。
「……どっちかっつったら、かっこいい女が好きなだけで――まあ、あんまりにも魂胆の透けたぶりっ子は、散々寄って来るから、苦手にはなったけどな。
ローレン導師も、そうなんじゃないっすか?」
こいつ巻き込み事故おこしやがったぞ、と、一瞬顔に出たローレンを、エメは見逃さない。
「ええ~、ボク師匠の好みの女の人のタイプ知りたいな~」
善良な弟子の仮面を完璧にかぶっているはずなのに、仮面の奥から、猛獣が覗いているなと、デルタは冷静に思った。
「……品のある人が好きだ」
エメは一瞬固まって、その瞳から光を失いつつも、
「――そうでしたか……確かに、お師匠様、アンナ様と婚約されていましたものね」
と、微笑みながら明るく返す。
デルタが割って入るべきか、と、アボカドを飲み込み、レモンピール入りミネラルウォーターを飲んだ時だった。
「アンナの事は今でも尊敬しているし、一人の人間として好いている。だが、それと、異性の好みの話は別だろう」
そう言って、ローレンは離席してしまった。
オフィスへ向かうその一瞬、自分の言葉で、目が死んだまま硬直しているエメの姿を見て、驚き、何か言葉を付け加えようとしているようだったが、タイミングを逸したのは誰が見ても明らかだった。
そのまま踵を返すローレンの後ろ姿を見て、
(今のフォローになってたか?)
(なってるわけないでしょ、見なさいよエメの目を。絶望してるわ)
アダムとデルタは心配そうにエメを見た。
エメはしばらく動かないでいたが、急にパンケーキランチをもごもごとほおばり出し、
「追加でココアくださいっ!!」
と、食堂に注文を飛ばしていた。
その後、アンナの下でクラシックバレエを習い、品の良いレディになる方法を指南してもらうエメの姿を見て、ローレンは嬉しそうにしていたらしい。
「いいのかなー。なんか、回りくどい支配みたいでなんかなー」
ぼやくアダムに、デルタは悩まし気に返す。
「本人同士が良いならいいんだけどね……」
「俺だったらエメのナイフ芸を極めるよう助言するんだけどな。大道芸部とかどう?」
「ナイフ投げなら本職にできるわね。すくなくとも、バレエよりは」
*
3 エミール・ローレン
「師匠のどうでも良い拘りって言ったら、紅茶ですよね」
「どうでもよくない! 味が全然違うだろ?」
「ボクにはよくわかりません~」
クラシックバレエ教室を退会して、しょぼくれていたエメを励まそうと、ミルク多めのロイヤルミルクティー甘さマシマシをさし入れたら、絡まれた。
アンナが言いにくそうに、
「あの、ハーキマーの天才にも……苦手な事ってあるのね」
とこぼしていたから、事情はなんとなく察したつもりだ。
「ボクに、品よくなんて無理なんですよぉ~! 産まれは古都ですけど、育ちはスラムですよ⁉ 下品なスラングでラップバトルで生き残ったんですよ⁉ 教養だってないし、優雅な振る舞いなんて、出来るわけないでしょう!!」
ロイヤルミルクティーをぐいーっと飲み干したエメは、酔っ払いみたいにまくし立てる。
何故、僕に怒る?
と思いつつ、さっきのミルクティーに使った茶葉、高かったんだけどなぁとか、実は商品名が‟大切な君へ”だったりするんだけどなぁとか、詩人の様な事を考えていた。
どうでも良いが、僕はかつて、吟遊詩人を目指していたのだ。
言葉にはこだわりがある。
「僕は別に、アンナの下へ修行しに行けなんて、一言も言ってない」
「……そーですけど、僕が品良くなったら、師匠ともうちょっと仲良くなれるかなって……夢見て」
「――」
ポケットからキャラメルを2つ出し、エメの手の平に渡す。
ちなみに商品名は‟甘い恋人”だ。
「僕は、君ほどの人物がエレガントさを身につけたら、もっと素敵な才媛になるのは間違いないとは思っている。
――しかし、今でも、その、品の良さは、不足していないと思う」
エメはその言葉を聞いて、喧嘩を売られたと感じたようで、我を忘れてローレンを睨みつけた。
「ボクが上品なわけないでしょぉ?」
「そ、そんな顔するな。目が怖い。
確かに、子どもの頃は手の付けられないガキだと思ったこともあったが」
「師匠だって言葉遣い悪いよね、普通にね!!」
「普段、上司として僕を支えてくれる機転や気遣いを……その……」
――愛しいと思うって言ったれよ!
物陰に隠れるアダムが、声にならない悲鳴のように叫ぶ。
――傷つけたフォローも不十分で、オフェンスも不十分なら、ア ンタは一生‟選ぶ側”に立てないのよ! がんばりなさい!!
デルタも負けじと念を送った。
ローレンはポケットをごそごそとまさぐり、猫チョコパイの包を2つ、エメに手渡し、1か所を必死に指していた。
「かわいい☆」猫のチョコパイ
の、「かわいい☆」の部分から微動だにしない人差し指を見たエメは、ゆでだこの様になった導師と猫チョコパイを見比べて。ふうとため息をつく。
「お師匠様、何歳ですか……もう」
なんとか和やかになった雰囲気を察し、安堵したアダムとデルタは、ローレンのポケットにはいくつ菓子が入っているか、という話題で盛り上がった。
*
4,エメ・デマレ
「ボクのどうでも良いもの?」
エメは丸い目をキョトンとさせ、即答した。
「人生」
冷え冷えとした沈黙が横たわる。
(……僕は君に愛憎を抱き、人生が歪んだんだがな……)
ローレンは内心そう思う。
(アタシ、ローレンが郊外のアカデミーに飛ばされなかったら、あのまま死んでるのよね…。そう考えると、エメはアタシの人生も救ったことになるんだけど、それを口に出すと、踏まなくて良い地雷を踏むことになるしなぁ)
デルタは微動だにしない。アダムだけが、
(俺、当時いなかったからなんも言えねー!!)
と、居心地悪そうに身を捩った。
「みんな、ボクの目立つ部分だけをみて、
君ほど恵まれた人は他にいないんだから、感謝しなさいって言うけどさ、
ボクの闇の面を体験してないからそう言うんですよ。
正直、将来の夢も無いし、趣味もない。できることやってお金稼いで、なんとか生きてるだけですから」
(なんとか言ってやれよ)
(誰がなにを言っても、一部嘘になるだろ)
(なにも言わないのもどうなのよ)
一同は焦るばかり。
ローレンはガタンと音を立てて離席して、
デルタは急にデスクの引き出しを開けて、中を探り出した。
アダムは、
(人生どうでもよくて、男の趣味が悪いって、どんだけだよ! と突っ込める仲か?俺達は……)
と、頭を抱えた末に。
「――やるよ」
「……?」
差し出されたのは、銀製のコインだった。上部に穴をあけて、チェーンを通してある。
「俺の親友がくれたんだ。魔除け」
「――あ、ありがとう」
デルタが、がばあっと、机の下から顔を出して。
「アタシも」
と言って、中央に液体と白いパーツが封入されて『ゴッズブレス』の雪景色を表現した、しおりだった。
「アンタがどう思ったってね、アタシがアンタを好きだって事は変わらないから」
「……」
「休憩にしよう」
大きなティーポットと、人数分のティーセット、大量のスコーンに猫チョコパイが盛り付けられた大皿を、マジシャンの様にひらひらと運び、入室するなり空いたスペースにちゃきちゃきと配膳をしだしたローレン。
「あれ、師匠そのお菓子、アンナ様への贈り物だったんじゃ」
「気のせいだ。さ、皆、一度手を止めろ」
ローレンの只ならない圧に逆らう者は無く、強制的に茶会が開かれた。
エメはちびりちびりとロイヤルミルクティーを飲みながら。
(皆の事は別に、どうでもいいと思った事はないけどね)
と思った。
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