フォンデュなクリスマスイヴ 後編

 コンビニからアツミのアパートまでは徒歩で10分程。

 街灯もほどほどにある明るい夜道だ。

 薄く雪をまぶしたようなアスファルトに、二人三脚でもしたような足跡をつけながら2人は帰路をゆっくりと歩んだ。


「アレ……なーにこの荷物」

「実はコンビニに迎えにいく前に1度荷物を置かせてもらいました」

「そうなんだ……お鍋?」


 かじかむ手でアツミが鍵を開けると見慣れない大きな袋が置いてあったが、レイジのものらしい。

 アツミが中を覗けば鍋らしきものが目に入った。


「フォンデュ鍋です。時期が時期でお店はなかなかとれなくて、それなら家で何かと思いまして。具材もタッパーに入れて持ってきました」

「用意周到……」

「準備を手伝っていただけますか?」

「うん」


 互いに首元まであるセーターに着替え夕げの支度を始めることになる。

 アツミはカセットコンロを取り出しコタツ机にセット。ついでにコタツも暖めておく。

 具材をタッパーから皿に移せば、自宅チーズフォンデュの用意が整った。

 さらに、レイジは赤ワインを取り出した。


「ワイン! あ……でもウチ、グラスとかないのよね」

「大丈夫ですよ。キッチンを借りますね」


 レイジは小鍋をIHヒーターにセットすると水に蜂蜜を加え、さらにシナモン、オレンジピールをトポトポと落とし暖める。

 煮立ったところで赤ワインを加えまた少し暖めると揃いのマグカップに茶漉しを当て注ぎ入れた。


「ホットワインといいます。寒い時期にはこの方が良いかと」

「マグカップでワインなんて面白いね! それに……いい薫り」

「悪くないでしょう?」

「うん!」


 カセットコンロに弱火に入れゆたゆたとチーズが溶けていくのをレイジとアツミはコタツで向かい合って眺めていた。


 やがて身体もすっかり暖まった頃合いで「「あの」」と互いの声が重なった。

 アツミは「そっちから」と上目遣いをする。


「アツミさん……僕が至らないばかりに。初めてのイヴをすっぽかすところでした」

「ううん……私も……電話無視したりしてごめんなさい。ちゃんと出てたらどこかお店いけたかもしれないのに」


 暖かい食卓を挟み、互いに小さく頭を下げて見つめ合えばわだかまりも火にかかったチーズのように溶けてしまう。


「うん! しみったれた雰囲気は終わり! こうやって素敵なクリスマスディナーを用意してくれたんだもん! 楽しまなきゃ」

「ええ! そうですね」

「じゃあ2人のクリスマスイヴに……乾杯!」

「はい。2人の……クリスマスイヴに」


 軽くマグカップをコツンと鳴らし、暖かなワインに口をつけレイジとアツミは頬を赤らめた。


 緑鮮やかなブロッコリー、トナカイの鼻のようなプチトマト、1口大にカットしたバゲット、パキッと弾けるシャウエッセン、ホクホクとしたポテトキャロットパンプキン。


 フォークに刺した具材を溶けたチーズに絡め垂れないよう口で迎えるように頬張れば独特の風味が口いっぱいに広がる。

 それを赤ワインで流してはまたフォンデュ。

 3時頃から軽めにしか食事をしていなかったアツミは元来のチーズ好きも合間ってどんどんと皿の具材を突き刺してはホットワインをくぴっと飲む。

 レイジはゆったりと和やかな笑みを浮かべその様子を眺めた。


 不意に、アツミがレイジに熱っぽい視線を向けた。

 潤んだような瞳がレイジを映した。

 レイジは少しドキマギとしてアツミを見つめ返したが、途端にアツミはふにゃりと相好を崩した。


「レイジさぁん! 楽しいねぇ! えへへ」

「……っ!」


 ワインが回ったのか呂律がおかしな感じのアツミの破壊力満点の笑顔にレイジは酔いが飛ぶほどの一撃をくらい胸を押さえることになるのだった。


 ▽


「う~ん……えへへぇ」

 

 すっかりと具材もなくなり片付いたコタツ机に突っ伏してムニャムニャと寝言でも笑うアツミを前にレイジは頬を掻いていた。

 すっかりと酒が回り寝入ってしまったアツミを放って帰るわけにもいかないが、かといって……着替えさせてベッドに寝かせるとかそういうことまでは思い付きはしても実行できる程レイジは女性の扱いに慣れていなかった。

 

「とりあえずしばらく起きるのを待って……水も飲ませたほうがいいですね……うん」


 とりあえず当たり障りのない対応を思い付いたレイジは自分も少し水を飲んでおこうと冷蔵庫を開ける。

 するとそこには袋ごと収まったクリスマスケーキが鎮座していた。


「あ、忘れていましたね……」


 すっかりと出すのを忘れていたケーキ。

 たぶん明日でも大丈夫だろうとは思いつつ、レイジは消費期限を確かめる為ケーキ箱を取り出した。


 すると箱の下に別の小箱が入っているのが目に入る。

 ん? と箱を手に取ったレイジは瞬間湯沸し器のごとく耳を赤くした。

 箱の正体は……「頑張って♡」と付箋に手書きメッセージのついたコンビニでも売ってる避妊具だった。


「(なんてモノを入れてるんですか! 叔父さんコンビニ店長は!?)」


 レイジは容易に浮かぶお節介な親戚のニヤニヤ顔を浮かべ、アツミに根掘り葉掘りしないようにクレームの電話をかけることにしたのだが――置きっぱなしのブツに、電話の声で起きてきたアツミが気付いてしまうことをまだ知らないのだった。

 

 




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フォンデュなクリスマスイヴ 花沫雪月🌸❄🌒 @Yutuki4324

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