フォンデュなクリスマスイヴ

花沫雪月🌸❄🌒

フォンデュなクリスマスイヴ 前編

 温田アツミはむくれながら電話の向こうの落ち着いた声を聴いていた。


 クリスマスシーズン真っ只中。

 イヴを1週間後に控えたアツミのバイト先のコンビニの装いもすっかりとクリスマスカラーに輝いている。


 アツミはバイトの休憩中、バックヤードから恋人のレイジに連絡をしていた。

 イヴの予定を尋ねる為だ。


 ところが返ってきたのは「その日は予定がある」という素っ気ない言葉だった。


「そんなぁ! 付き合って初めてのイヴだよ?」

「すみません。会社の忘年会が入っていて……」

「忘年会……って、予定があるって言って断ればいいじゃない」

「今回の幹事は直属の部下なんです。さすがに断れなくて……いろいろ助け船も出さないといけないだろうと」


 恋人の氷川レイジとは半年程前からの付き合いだ。

 共通の知り合いの紹介がきっかけだった。

 まだ日の浅い付き合いだったが、穏やかな雰囲気のレイジにアツミは顔合わせの時から惹かれていた。


 レイジは社会人3年目の会社員。共通の知り合い――アツミの大学時代の先輩でレイジの会社の事務員の女性――曰く、優秀で出世間違いなし! とのこと。


 かたやアツミの方は大卒1年目の売れないイラストレーター……という名のフリーターでバイトをしながらのアパート暮らし。

 互いに合鍵を渡してこそいたがまだ同棲するほどの深い仲ではなかった。


「……部下って女の子でしょ? 先輩がいってた」

「それは……確かにそうです。ですが……」

「もぅ……イイわよ!」

「あ、アツミさ……」


 アツミは電話を切るとパンッと乱暴にスマホカバーを閉じた。

 ムッと眉間に皺を寄せたまま、ズルズルと音を立てて賞味期限切れの甘ったるいミルクティーをストローで吸い上げているとバックヤードに店長の伊達がやってきた。



「あら温田さん丁度よかった。ダメ元で一応聞いておくんだけど、12/24の夜のシフトって入れちゃまずいわよね?」


 こんな口調だが伊達はれっきとした中年男性である。

 アツミはくねくねとする伊達に苛立ち混じりに返事をする。

 

「……いいですよ」

「え? 本当に?」

「ハイ……暇、ですから」

「あら? 彼氏いるんじゃなかった……」

「いいって言ってるじゃないですか!」


 アツミはミルクティーのプラスチックカップをゴミ箱に放り込むとバックヤードから飛び出した。


「じゃあ……えっと……シフト組んじゃうからね」


 1人取り残された店長はおずおずとシフト表の12/24のところにアツミの名を書き入れた。


 ▽


 クリスマスイヴ当日。

 寒波に見舞われた街は強い横風に雪が吹き付けた。

 凍えるような寒さに、20時を回った頃には客足もすっかり途絶えたコンビニのレジで、アツミは軽い自己嫌悪に陥っていた。


「(あーあ……子供っぽいなぁ……私)」


 あれから何度もレイジからは着信があったが全部無視を決め込んでいた。

 イヴに忘年会を差し込むなんて恋人もいないんでしょうね! と幹事をしたレイジの部下だという顔も知らない女性にも心の内でさんざん悪態をついた。


 とはいえ、1週間も経てば燃え上がった怒りも静まるというもの。

 今はむしろ散々無視をしてしまったことを悔やみながら、もうどういう風に連絡をしたらいいかも思い付きやしない。

 このままフラれたらどうしようと、嫌な考えが首をもたげてくる。


 思えばレイジとの関係はずっとこんな感じだ。

 移り気なアツミがレイジを振り回してばかり。

 先輩なんかは、「レイジ君にはそのくらいで丁度いい」とは言うけれどこんなんじゃいつ愛想を尽かされるか……。


 うぁあああああ! と叫びだしたくなるのを堪え、意味もなく雑誌コーナーを整頓したり、おでんのタネを入れ替えたり、そうして勤務時間の間中うだうだと、アツミは落ち着かない気分のまま手足を動かした。


 世の恋人はきっとどこかでイルミネーションでも見てるに違いない、いやこの天気ならすぐに暖まれるとこがいいかも。

 そんなことを考えるほどに寂しさばかりが増してくる。


「(まさか……部下のひとはレイジさんを狙って、それでイヴに?! 飲みすぎちゃったから送ってくださぁいなんてことを?!)」


 馬鹿げた、でもあり得なくもなさそうな妄想すら浮かべて悶々としていると入店を知らせるチャイムのメロディがした。


「いらっしゃい……ま……せ」

「やぁアツミさん……」


 やってきたのはなんとレイジだった。

 レイジは頭とコートに薄く雪を載せて白い息を吐いていた。

 また寒さが増しているようだ。


「レイジさん!? ぼ、忘年会は……?」

「一次会で引き上げさせて貰ったんです。二次会の参加者も少なかったから」


「だって今日はイヴですから」レイジの微笑みにアツミは途端に恥ずかしくなりそっぽを向いた。


「(こんな! 不意打ちなんてズルい!)」


 しどろもどろのアツミの心中を知ってか知らずか、レイジは柔らかく落ち着いた声音で話しかけた。


「急ですみません。やっぱりイヴはアツミさんと過ごさなければと」

「そ、そう。でもまだバイト中だから!」


 時刻は21時を少し回ったところだ。

 シフトは23時まで入れてあるのでまだ帰れないし……と来てくれた嬉しさと、何を今さら! という感情がせめぎあいまたツンツンとした態度をとってしまう。


 だがレイジにとっては助け船でアツミにとっては思わぬ刺客がさらに不意を突いた。

 バックヤードからニコニコとやってきた店長だ。

 小太りな体躯にクリスマス限定の赤帽がやけに似合っていた。


「温田さん。今日はもう上がっても大丈夫よ。この天気だからアタシ1人でも平気そうだし~」

「て、店長!?」

「ほらほら彼氏さんを待たせちゃあ駄目ヨ。時間は23時いっぱいでつけとくからネ」

「ありがとうございます、店長さん」

「あらいいのよレイジ君。あ、待っててね。予約のクリスマスケーキとってこなきゃ。ほらアツミさんは早く着替えて帰り支度っ帰り支度っ」

「店長いつのまにレイジと顔見知りに!? ケーキの予約も!?」

「細かいことは気にしな~い」


 腑に落ちないまま、店長にせっつかれるままに着替えたアツミが店内に戻るとケーキの会計を済ませたレイジが手を差し出した。


「じゃあ帰りましょうか」

「……うん」


 店内から1歩踏み出せば途端に強烈な横風が肌を刺す。

 ずっとエアコンの効いた処にいたアツミは「さむっ!」と身を強張らせた。


 そこへスッとレイジが風除けになるように少し身体の位置をアツミに寄せた。アツミは顔を赤らめると自分からももっと身体がくっつくように腕を絡めた。







 







 

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