第2話 二人の少女は死の淵にいる
地雷系の腕に巻きついている大蛇は、悪霊に巻きついて離れない。
靄が徐々に目鼻口を形作る。
苦悶の表情だ。
「甘いね」
地雷系が呟くと、大蛇は黄色い目を光らせて睨んだ。
大蛇がさらにキツく巻きつく。
耳をつんざくような高い声を上げて、悪霊は空へと弾け飛んだ。
悪霊に取り憑かれていた女性は、一瞬正気を取り戻した表情をしてからパタリと倒れた。
遥は女性のもとへダッシュした。
幸い、怪我はないようだった。
「すげー!」
「てか、異能者!?」
「逃げろ!霊感が感染る!」
「もーやめなよー」
「やばー撮っとこ」
人々は一斉に地雷系にスマホを向けた。
「やめなよ!」
遥はスマホを向ける人々に大声で叫んだが、効果はまったくなかった。
地雷系にはなんの思い入れもないし、逆に第一印象は最悪だったけど、同じ異能者として、地雷系が見せ物になるのは嫌だった。
「撮りたいなら撮りなよ」
地雷系はなぜか笑って堂々としていた。
そして突然フリルのついたハート型のカバンから、カッターナイフを取り出して首にあてた。
人々から悲鳴やら笑い声やらが上がる。
「っなんなんだよ!」
遥は首につけている水晶のペンダントを触りながら、地雷系に向かって走り出す。
遥が霊気を最大限に発すると同時に、強烈な光が包む。
地雷系の腕を掴む。カッターナイフが地面に落ちる。
地雷系が驚いた表情で遥を見る。
突然すぎて抵抗もできないようだ。
光の中で向かい合う遥と地雷系。
頭上にはカラスが旋回している。
「あんた…」
「私も異能者には初めて会った」
「なんのつもり」
「助けてあげてるんだけど」
「金ならないよ」
「そんなのいらない。私、黒鳥遥。あなたは?」
「聞いてどうすんの」
「どうもしない。てか、警戒するのやめてくれる?ほら」
遥は通学カバンから取り出した学生証を見せた。
「私、ただの高校生だから」
「…異能者でフツーに暮らしてる人っているんだね」
「みんなそーでしょ」
「あんたみたいな恵まれた奴に名前なんか教えない」
「はぁ?意味わかんない」
突然、二人を包んでいた光が消えた。
あたりは荒涼としている。
空には重く雲が垂れ込め、そばに流れる川は大きく激しい。
「ここなに?」
地雷系は聞いた。
初めて来る人は、大抵不安がるのに。
この女はどこまでも腹が据わっている。
「三途の川。死んだ人に会える場所」
これが遥の異能だった。
あの世とこの世を行き来できる力。
あの世に行くためには、会いたい故人の遺品が必要だった。
遺品に遥が触れ、霊気を発することであの世へ行くことができるのだ。
だから遥は亡くなった祖母のネックレスを常に身につけ、いつでもあの世へ行けるようにしている。
「おばあちゃん、ちょっとだけいさせて」
「はるちゃんも大変だね」
遥は、あの世で寛いでいるおばあちゃんに心の中で会話をした。
しかし、遥の行くことのできるあの世は三途の川までだった。
遥の霊獣である黒カラスのヨミが、気持ちよさそうに曇天の空を飛んでいる。
「ってことは、あたし死んだの?」
地雷系は目を輝かせた。
「ううん、生きてる。体ごとこっちに来た」
「…めっちゃ萎えるんですけど」
地雷系はため息をついて、地面に座り込んだ。
「どうしてそんなに死にたいの?」
遥は純粋に疑問だった。
異能者は差別されてきた。
畏れられ、蔑まされ、疎ましがられる。
しかし、異能者がいないとさっきみたいな悪霊が発生したときに困ってしまう。
だから嫌われながらも、必要とされてきた。
遥もまた、物心ついたころから周囲に避けられてきた。
直接嫌がらせをされたり、いじめられたことはない。
けれどみんな確実に、仲間には入れてくれないのだ。
遥はこの世が居心地悪かった。
そして自分の異能が嫌いだった。
けれど死にたいと思ったことはない。
だってパパとママは悲しむし、あの世にいるおばあちゃんは、
「はるちゃんは、絶対にここから先へ来ちゃダメだよ」
って言う。
だから、地雷系の言うことはよくわからなかった。
「あたしのこと、誰も必要としてないもん」
地雷系は吐き捨てるように言った。
「家族いないの?」
「死んだ、らしい」
「らしい?」
「施設の人から聞いただけだから。ママが未婚であたしを産んで、五才のときに施設に捨てたの。で、そのあとすぐ死んだんだって」
地雷系はバッグから、クロミちゃんの財布を取り出した。
「これ」
財布から抜き取って遥に見せたのは、小さなメモ用紙。
角が取れ丸くなり、全体が柔くなっている。
「うちの子をお願いします」
几帳面な字で書いてある。
「あたしバカだから、顔覚えてないんだ。フツー五歳なら覚えてるよねぇ?」
地雷系は寂しく笑った。
「ママに会いたい?」
遥は聞いた。ママは地雷系に会ったらきっと死なないで、と説得するだろう。
そしたら、地雷系もバカなことを考えずに済むはずだ。
「会えるの?」
「私ならできる」
「いくら?」
「だからお金じゃないって」
「変なの」
地雷系はふっと笑った。
成人越えてるかなって思ったけど、バチバチに施してあるメイクの下にある表情は、幼い。
同じ年くらいかも。
結構かわいい笑顔じゃん、と遥は思った。
「お願い」
地雷系はメモを遥に渡した。
「おっけ」
遥は再び強烈な光に包まれる。
ヨミに心の中で、
「このメモの持ち主を探して」とお願いし、メモを空へと差し出す。
ヨミはメモをくちばしで咥え、彼方へと飛んでいった。
ヨミはすぐに戻ってきて、遥の肩に止まった。すぐに見つかったということだ。
しばらくすると、靄の中をひとりの女性がこちらへ歩いてくる。
顔は見えない。
「あれがそうなの?」
遥は頷く。
「ママ!」
女性の姿をじっと見つめていた地雷系が、突然走り出した。遥も追いかける。
女性の顔が見えた。優しそうな人。けれどあんまり似てないなぁと遥が思った瞬間、
「…どうして?」
地雷系は、嘘でしょ?っていう表情で後ずさった。
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黄泉の国を行き来できる異能少女は、チート系悪霊退治メンヘラとともに自分の過去を探す旅に出る-トーキョー・スペシャル・アビリティ- もも @momo_123
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