黄泉の国を行き来できる異能少女は、チート系悪霊退治メンヘラとともに自分の過去を探す旅に出る-トーキョー・スペシャル・アビリティ-

もも

第1話 出会い

ー今日も過剰摂取だ。

黒鳥遥は渋谷のスクランブル交差点で、信号が青に変わるのを待っていた。

相変わらずの人混み。ビルの隙間から覗く、青い空。今日も熱中症警戒アラートが出ている。うだるような暑さの中、どこからともなくドブが発酵したような匂いが漂ってくる。


遥は苛立っていた。

学校で補講を終えて校舎を出たばかりだった。しかも、今日は霊体が多い。成仏できない霊たちがフワフワと浮かんでいて、視界がすっきりしない。

悪霊じゃないだけまだマシ。

と思おうにも、うっとうしくてイライラする。

ーだって視えるのは私しかいないから。

霊の過剰摂取だ。

遥は胸の中でもう一度呟いた。


外国人観光客がカメラを構えた。もうすぐ青信号になるのだろう。

遥は軽く舌打ちをして、一歩を踏み出そうとした。

前を歩く遥と同じ歳くらいの地雷系女子が、歩き始めたから。

でも遥は気づく。

まだ青になってない。

じゃあなんでこの子、歩き出したわけ?

違う、飛び出したんだ!


遥は反射的に地雷系の腕を掴んで引っ張った。彼女の華奢な体が後ろに倒れる。

ドサッ。

遥は尻もちをついた。

地雷系は地面にぺたっと座り込んでいた。

「邪魔すんじゃねぇよ!」

見かけによらないドスのきいた声で叫んだ。

いや、見かけ通りかもしれないけれど、と遥は思いながら、

「危ないじゃん!まだ赤信号だよ!」

と咄嗟に言い返した。

「死のうとしてたんだから!最悪最悪最悪最悪…」

地雷系は、拳を作った両手を道路に打ち付けながら、明らかに情緒不安定な様子だった。

「くだらな」

死の世界が特別な奴となんて話したくもない。

「死ぬならどっか人のいないところで死んでくれない」

遥は道端に投げ出されたスクールバッグを拾い、立ち上がった。スマホやカメラを向ける野次馬を睨みつける。


スクランブル交差点は、何回目かの赤信号。人混みは、遥と地雷系のまわりを数十センチだけ空けて、通常運転だ。

助けたことを後悔はしていなかった。けれど、これ以上関わるのはダルすぎる。遥は地雷系に背中を向け、歩き出そうとした。

「あんたに何がわかるの」

地雷系の鋭い声。

「なーんにも。ってか、関係ないし」

「ムカつくんだけど。謝ってよ」

「何を?」

「死ぬの邪魔した」

「いや、私、いいことしたっしょ」

「どうして死ぬのがいけないわけ?」

地雷系が直径17ミリはあろうかと思われる、真っ黒なカラコンで睨みつける。

「死が特別な奴にあたしの辛さはわかんないよ」

ーえ?それ私のセリフじゃね?

ーこいつなんなん。まさか…


「きゃー!!!!」

スクランブル交差点の真ん中で、耳をつんざくような女性の叫び声が聞こえた。

悪霊だ。

遥は霊力を中程度に発露して、霊視をした。

レベルは30くらいか。

霊のレベルは、1〜100までに数値化される。

だからこの悪霊の力はそこそこってわけ。


邪悪な霊気が女性の体から赤黒く渦を巻いて、渋谷の空に広がっていくのが視える。

「あれ、悪霊じゃない?」

「きも!」

「そんなんあるわけないって」

「逃げないとやばいよ!」

「ラッキー!インスタあげよ〜」

人々が思い思いの行動をし始めて、軽いパニックが生まれようとしているのを、遥は感じていた。

しかも悪霊に取り憑かれた人は、通常の何倍もの力や身体能力となって暴れ回るからタチが悪い。

こういうとき、霊関係版の警察組織として立ち上がった霊力研究所に連絡し、「祓う人」に悪霊を退治してもらうのが一般的なルートだ。

遥は「連れる人」。悪霊を退治する力はない。こんなときいつも歯痒かった。

ーどうして私には「連れる」力しかないのだろう。

今から連絡したとして、どのくらい被害が抑えられるだろう。


悪霊に取り憑かれた女性が、通行人に襲い掛かろうとしている。

そのとき。

大蛇が凄まじい勢いで、女性から立ち昇る邪気に喰らい付いたのだ。


これは「祓う人」の力ではない。

遥が始めて視るタイプの異能者だ。

一体誰が…?

大蛇の長い胴体を辿っていくと、地雷系の腕に巻きついていた。

遥はこの日、始めて自分と同世代の異能者に会ったのだった。

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