第2話

 学祭が始まった。私たちのモーモーちゃんは、パレードでは模擬店の通りを歩きながら触れ合い、そのあとメインステージで紹介されるとなっていた。

 今日は私が“本番”を飾る日だ。試着のときにあんなに嫌がっていた私が、結局また中に入ることになっていた。

「また私?他の人だって入れるでしょ?」

「いやいや、もう定着してるし」

「そんなイメージいらない!」

 こんなことを言ってふざけていた私だけれど、実は、あの試着の時にみんなの幸せそうで楽しそうな顔が、もちろん嫌な奴らもいたけれど、私の気持ちを柔らかにし、じゃあやってあげようかという気になっていたのである。

「はい、黒い布!」

「またこれ……。私、ストッキング女ってあだ名つきそう」

「いいわね、牛のストッキング姫!」

「それ、もっと嫌!!」

 私は本当にこの黒い袋は苦手だった。

 顔にまとわりつくのは不愉快だし、まるで世界から切り離されて、暗いところに一人閉じ込められたみたいで、いまだに嫌でだ。

 でも、私はわざと陽気に振る舞って冗談を飛ばしてる。

「黒い布!」って渡されたときにわざと大げさに文句を言ったり、「牛のストッキング姫」なんてあだ名に大げさに反発したりして盛り上げていたけど、それは、みんなの夢を守るためにしたこと、そう、全部演技なのよ、本当の私は、被せられる瞬間にちょっと鳥肌が立って、早く終わってほしいと願っいたのですよ。

「似合ってるよー」

「似合うってなに。これ着ぐるみだから!」

「いやいや、魂が宿ってる感じがするわよ」

「やめて!勝手に牛の精霊扱いしないで!」

 仲間の彩花ちゃんがゲラゲラ笑いながら、モーモーちゃんの頭を私に被せ、わちゃわちゃ騒ぎながら準備は完了した。

「じゃ、出番まであと10分ね。心の準備は?」

「ないよ!誰か代わって!」

「はいはい、往生際の悪い牛ですね」

 笑いながら背中を押され、控室を出る。廊下を歩くときから、すでに何人かの学生に「きゃー!モーモーちゃんだ!」と声をかけられる。

「よーし、出番ね!」

 音楽が流れ、パレードが始まると、私たちはぞろぞろと外へとでた。

 一気に歓声が湧き上がり、スマホを構える学生、手を振ってくれる子供、屋台から顔を出してピースする模擬店のスタッフたちが見える。みんなの視線がモーモーちゃんに集中しているので、その熱さに私は一瞬くらくらした。

 通りすがりの模擬店の人に「焼きそば食べてく?」と聞かれて、蹄でジェスチャーすると、仲間たちは大爆笑している。

「モーって言えば?」

「え、私モー縛り?」

「うん、『モー!』で全部解決できるよ、きっと」

「そんな牛語だけで生きていけないわよ!」

 本当だ、「モー!」って叫ぶとウケた。通りがかりの子供が笑って真似している、悪くないな。

 中でも、「きゃあああ!モーモーちゃん!!」と駆け寄ってくる子供たち、その笑顔は素敵だ。

「可愛いよ!本当に可愛いよ!」

 私は、ふっと気づいた。

「ああ、昔の私もこうだったんだ」

 まだ子どもだったころ、遊園地で大好きなキャラクターに出会ったときの、胸が弾けるような気持ちがふとよみがえってきた。両手を伸ばして「握手して!」と叫んでいた自分の姿を思い出す。

「着ぐるみは私をだますためのものじゃなくて、楽しませるためのものだったんだ。こんなにも可愛い笑顔を生むんだよね」と気づいた私は「モーモーちゃん」がちょっと好きになっていた。

「ほら、手振って!」

 言われたとおり私は蹄をブンブン振る。歓声がさらに大きくなる。

「え、なにこれ。私、人気アイドル?」

「そうだよ。牛界のセンターね」

「そんなセンター、私、嫌い!」

 蹄でタッチをと求められたり、一緒に写真を撮られたり、忙しくこと忙しいこと。模擬店のお兄さんに「モーモーちゃんも焼き鳥食べる?」と串を差し出されたときには「モー!」と首をぐるっと回しながら体を振ってみたら、ばかうけした。そんな愉快な気分でいる時に、ハプニングも突然やってきた。

 模擬店のテントのロープに蹄が引っかかり、前につんのめってしまったのだ。

「わっ、危ない!」

 その瞬間、通りがかりのとても格好のイケメン君が、と私は信じている、支えてくれ、抱きしめてくれたので、モーモーちゃんはぎりぎり転倒を免れ、中の私はポッと赤くなった。

 まわりの学生から「おおー!」と拍手が起こる。「モーモーちゃん、華麗に助けられるの巻」であった。

 パレードを終え、いよいよステージへ。スポットライトの当たる舞台にモーモーちゃんが登場すると、観客席から歓声が爆発した。

「モーモーちゃんでーす! みんな拍手ー!」

 司会のお姉さんの声に合わせて、私は手を振る。観客が「モー!」と叫び、私は「モー!」と返す。

「モーモーちゃん、今日の学祭どうですかー?」

 マイクを向けられ、私は一瞬固まる。しゃべったら正体がバレる!じゃない、答えなきゃいけないの?とと惑っていると、横にいた彩花ちゃんがマイクを奪ってくれた。

「モーモーちゃんはね、『モー最高!』って言ってまーす!」

 観客が大爆笑して「モー最高!」の大合唱である。私もつられて蹄を掲げてポーズを取る、そんな会場の一体感に胸がジーンとした。

 ステージの最後は、簡単なダンスをするである。足元なんて見えないから、彩花ちゃんが横で「右!左!ジャンプ!」と叫んでくれ、なんとか踊り切った。観客の拍手が嵐のように響き、牛の中で汗だくになっていた私はうれしすぎて、気づいたら涙がにじんでた。

 出番が終わって控室に戻り、牛の頭を外してもらった瞬間に叫ぶ。

「……生きて帰れたーー!」

「お帰りなさい、牛姫さん」

「やめて!頼むから。そのあだ名、永遠に残りそうで怖いよ!」

「でもさ、あんたがやるとほんとモーモーちゃんが輝くんよ」

 そう言われて、私は少し照れくさくなった。モーモーちゃんが輝いてるのか、私が輝いてるのか、よくわからないけど、確かに今日は楽しかった。

「……またやる?」

「やらない!……いや、やるかも」

 笑い合う私たちの声が、学祭の喧騒の中に溶けていった。

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