好き!好き!モーモーちゃん

松本章太郎

第1話

 私の通う女子大に、マスコットのモーモーちゃんがやってきた。いや、「やってきた」というよりも、段ボール箱にぎゅうぎゅうに押し込まれて届いた、という方が正しい。

 開封されたその箱の中から現れたのは、白黒模様の牛の女の子である。スカートをはいた、なんとも愛らしい姿で、胸には大学のロゴがプリントされていて、「これからよろしくね」と言わんばかりの笑顔を浮かべている。

 問題は、「中の人」だった。

 試着するのは誰がいいのだろう?

「どうする?」

「説明書には、身長の低い人がおすすめって書いてあるわよ」

「そういえば、このマスコット、ずいぶん小さいじゃない?」

 明るく元気、なにより背が一番低いということで、みんなは一斉に私を見た。

「え?私?」あまりのことに声も出ない私であった。

「大学の顔になるなんて格好いいわ」

「『かわいい!』って人気者になるわ、きっと」

「こんどの飲み会、半額でいいから」

 みんなに手を替え品を替えて説得されていた私の「私、本当に、嫌なんですぅ」というか細い声は、みんなの迫力に押され、軽々と吹き飛ばされてしまった。


 さっそく、着ぐるみの試着をということになった。

 わいわいと笑いながら、仲間たちは楽しそうに私を牛の中に押し込んでいった。 さあ、出来上がり、後は頭を被るだけというとき、ストッキングみたいな薄い黒布の袋が取り出された。

「あれ、こんな黒い袋を被るらしいよ。口の中覗かれても顔が見えないためって説明書に書いてある」と言われた私は怖くなって小声でつぶやいた。

「こんなの被るの?やだあ、前が見えないよ」

「うん、大丈夫だよ、きっと。でも暗いところに行ったら見にくくなるだろうなあ。でも、心配しないで。いつも、必ずそばにいてあげるから」

 本気で泣きそうになっている私の頭は黒い袋に入れられた。黒布が額から鼻へ、そして口までを覆い、ひんやりとした感触が肌に貼りついて、ちょっと息苦しい。

「うわぁ……」と小さく声が漏れる。

「どう? 見える?」

「うっすらと……。でも、なんだか変な感じ」

「そう、それでいいのよ、うん、これじゃあ、この黒い塊、あなただなんて誰も解らないよ」

 そして大きな頭が乗せられモーモーちゃんの完成である。

 その可愛らしい姿をみてサークルの仲間たちは大喜びしているが、私は、早く脱ぎたい、もう嫌だとパニックになりかかっていた。実は、私は着ぐるみが大嫌いなのだ。

 私は子どものころは着ぐるみが大好きで、遊園地でキャラクターに会うたびに胸を弾ませていた。握手してもらうだけで夢のようだった。

 でも、ある日、偶然通りかかった部屋のドアが完全に閉められておらず、その隙間から、中の様子を菜穂は見てしまった。さっきまでステージで元気いっぱいに踊っていたキャラクターの頭は外され、ぐったりと椅子に座り込んでいるおねいさんが座っていた。タオルで必死に汗をぬぐいながら、荒い呼吸を繰り返していた。

「中に人が入っている。嘘だったんだ」

「私は欺されていたんだ」

 私は、さっきまで「魔法の存在」だったはずのキャラクターが、一瞬で私をだますための変装に変わり、嘘つきの大人を心から憎くらしく感じてしまった。

 それ以来、着ぐるみを見ると不愉快になるのだが、そのことをはっきり言えなかった自分が悪いのだし、着ぐるみに入れば着ぐるみを見なくて済むのだしと自分に言い聞かせるしかなかった。

 袋を被って、大きく開いたモーモーちゃんの口からは、ぼんやりと薄暗くだけど前は見える。

「まあ、なんとかなるさ」と私は少しずつ落ち着き、ふだんの明るさをとり戻していった。

「じゃ、行こっか」と仲間に促され、廊下をしずしずと「モーモーちゃん」は歩き始めた。

 二階から一階へ降りる階段に差しかかると、お辞儀をするようにモーモーちゃんは精一杯、頭を下に傾けるが、まったく階段は見えない。蹄の手を顔にあていやいやのポーズを取る。

「だ、大丈夫?無理か?じゃ抱えようか」

 モーモーちゃんは「お姫様抱っこ」ならぬ「牛抱っこ」で運ばれる情けないマスコットになってしまったが、「モー恥ずかしい!」とこもった声で叫ぶとみんなは大喜びしてくれた。

 

 外に出ると、モーモーちゃんを見て、歓声を上げた女子大生たちが近づいてきて、目を輝かせながら声をかけてくる。

「写真撮っていい?」

「握手して!」

 蹄でどうやって握手するんだろうと思いながらも私は、一生懸命に蹄を振る。

 そのたびに女子大生たちはキャーキャーと叫んでいる。握手を求めて伸ばしてくる手は、驚くほど温かくて、布越しでも私にも伝わってきた。

 それでも、「あなたが握った手は、あなたと同じ普通の女の子の手なんだよ。何が嬉しいんだろ」という思いが消えない私は、笑顔を向けてくれる彼女たちに応えたい気持ちと、冷ややかに突き放したい気持ちが交錯して、着ぐるみの中で眉をひそめていた。

 そんな中に「ねえ、どんな人が入ってるんだろう」なんて冷ややかに話している女子大生たちもいた。

「ねえ、中に入ってるのって誰なんだろうね?」

「やっぱり広報の子とか? 背の高さ的にあの子じゃない?」

「えー、違うでしょ。もっと小柄な子かもよ」

「ちょっと口の中から覗いてみようよ!」

「え、いいの? 怒られない?」

「だって気になるじゃん!」

 私は蹄を必死に振っても「やめろ!」と言う気持ちを伝えようとする。

 そのうち、一人の子がぐっと顔を近づけてきた。牛の大きな口の中をじっと睨みつける。その鋭いまなざしが見えたとき私は怖くなった。

「……あれ? 見えないじゃん」

「ほんとだ、真っ暗。何も見えない」

「つまんない」

 黒い布袋のおかげで、彼女たちは中を確かめられず、ぶつぶつ言いながら去っていった。

 思わず私は小さくつぶやいていた。

「……中の人を、見てはいけないんだよ」

 誰にも聞こえないほどの声、それは自分に言い聞かせているようでもあった。

「助かった……。でも、ちょっとスリルだったな」

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