第3話
学祭が終わった翌日の私は正直、燃え尽きていた。牛の中で汗だくになり、笑顔と声援に包まれて踊り切ったあの高揚感は夢だったんじゃないかと思えてくる。それにしても、昨晩、私は布団の中で「モー」とか寝言を言っていたらしく、朝から家族に笑われた。
私が眠い目をこすりながらスマホを開いてみると、画面いっぱいにモーモーちゃんの写真が、動画が、感想の嵐が現れる。
「モーモーちゃん可愛い!」「モー最高!」「また出てほしい!」
掲示板もタイムラインも「モー祭り」である。
しばらくたったある日、私は学生課に呼び出された。
なんだろうと思いながら行ってみると、広報課の先生と学生課の職員さんが並んでいて、にこやかに切り出した。
「先日のモーモーちゃん、大変評判がよかったですね。ということで、大学の公式マスコットに採用することになりました」
「は、はい!? 公式って、あの……ガチのやつですか?」
「ガチのやつです、それをあなたにお願いしたいのです」
膝から崩れ落ちそうになった私だった。
「安心して下さい。中の人は公開しませんから」
「ちょっと、待ってください。公開しないからって、中の人が私っていつ決まったんですか?」
「昨日の盛り上がり、観客の熱狂を見ると、あなたにお願いするしかないなと教授会の話し合いで決まりました」
「勝手に決められても、やっぱ困ります。だって、誰が入ったってモーモーちゃんはモーモーちゃん、私じゃなくてもいいと思いますよ」
「昨日のモーモーちゃんはすごい人気でしたよ」
「いや、あれは私じゃなくて牛が人気だっただけすよね」
「その牛に命を吹き込んだのは誰でしょうか?」
完全に論破されました。やっぱり理屈では先生には到底、勝てません。
華麗だったはずの私の学生生活が牛に覆われてしまう、こう思った私はしばらく立ち直れませんでした。
正式に「モーモーちゃん=大学公式マスコット」プロジェクトが始動し、近隣の大学との交流イベントに出演することも決まった。
その日、彩花ちゃんと会場となった隣のS大に向かった。各大学のブースが並び、華やかなに飾りつけられた構内を通り抜け、ステージ横の控え室に入り、黒い袋をかぶる。
この前まで「やだやだ!」って言っていたのに、この布の感触にも、視界の暗さにも、慣れてしまったのか、いや、慣れただけじゃなく、その息苦しいはずの世界が、妙に落ち着くようにさえ思えてきて、牛の衣装の上にちょこんと乗る“マッチ棒の頭”になることが、平気になっていた。
「はい、牛姫さん、準備完了しました」
「もう、頼むからそのその呼び名やめて!」
「でも、今日から他大学デビューだからね。気合い入れてね」
ステージに登場すると、体育館に集まった学生たちが一斉にどよめいた。
「あれがモーモーちゃん!?」「ほんとにいたんだ!」
SNSで噂になっていたらしく、他大学の学生たちも期待していたらしい。
私が蹄を振り、モーと叫ぶと、会場から「モー!」の大合唱が返ってくる。
ステージの上を、右から左へと、前から後ろへと駆け回り、跳ね上がり、モーモーちゃんは休む間もなかった。
全身から汗が滝のように溢れ出し、呼吸はどんどん苦しくなってくるが、そんなことは気にしていられない、私の全部を叩きつけるのだと、完全に舞い上がっていた私だった。
出番の合間には交流ブースを回っていった。綿菓子やたこ焼きを勧められる。「モー!」と叫びながら、蹄をバタバタさせて断るたびに笑い声に包まれる。。
他大学のサークルが「うちのマスコットとコラボしませんか?」と着ぐるみを連れてきた。
犬キャラ、猫キャラ、謎のキャラなどなどと、抱きつき、ぶつかり、押しくらまんじゅうとモーモーちゃんは忙しい。そして集まってきた学生たちとの記念撮影の嵐も待っていた。
「はいはい、こっち見てー!」
「モー!」と蹄を振る。
「きゃー!モーモーちゃん最高!」
「すごいね、モーモーちゃんの人気って」と少し怖くなっていたが、この舞台の盛り上がりが、私の着ぐるみ嫌いを、スッキリ、さっぱりと溶かしてしまっていた。着ぐるみは素晴らしい!
午後のクライマックスは、各大学がステージでパフォーマンスを披露する「大学対抗パフォーマンスショー」である。私たちの大学はもちろん、いつものようにモーモーちゃんダンスである。彩花ちゃんが横で指示を飛ばし、私は蹄を振って気合いだけを頼りに踊りまくる。踊るというよりも、訳もわからず上を向き下を向き、右へ左へと回り、目を回していただけだと思う。それでも、観客席からの「モー!」コールが鳴り止まない。
そんなたわいもないパフォーマンスだったのに、なんとエンディングで司会者は叫んだ。
「優勝は……モーモーちゃん!!」
ステージが揺れるほどの歓声が巻き起こる。まさかのMVP受賞に、私は着ぐるみの中で目を白黒させた。いやいや、私じゃなくて牛が優勝したんですけど!?
終了後、他大学の学生たちが口々に声をかけてきた。
「モーモーちゃんまた来てね!」
「次はうちの文化祭に!」
「コラボポスター作ろうよ!」
完全に人気者になっている「私」であった。
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