第4話:ただの布切れが、伝説の装備に?

「……おい、あれを見ろ。若様、今日は随分と……ラフな格好じゃないか?」

「寝間着のまま出てきたのか?」


アークライト家の広大な演習場。 ズラリと並んだ騎士たちのざわめきが、風に乗って聞こえてくる。


無理もない。今日のレオンハルト様の装いは、昨日私がコーディネートした、濃紺のリネン素材のローブ風セットアップだ。 これまで彼が着ていた、金属板が埋め込まれた真紅のガチガチな戦闘服に比べれば、あまりにも無防備に見えるだろう。


けれど、私の目はごまかせない。


(ふふん、分かってないなあ。あれこそが「骨格ナチュラル」の最強装備なのに)


私はタオルの入った籠を抱え、演習場の隅で見守っていた。 今日の演習は、魔術による障害物破壊訓練だ。


「若様。本当にその装備でよろしいのですか?」


騎士団の小隊長が、心配そうに声をかける。 レオンハルト様は、風にバサバサと靡くローブの裾を鬱陶しがる様子もなく、むしろ心地よさそうに目を細めていた。


「問題ない。……いや、むしろ今までにないほど調子が良い」


彼は、演習場の奥に設置された巨大な岩を見据えた。 大人の背丈の三倍はある花崗岩だ。普段なら、詠唱をして、杖を構えて、数秒のタメが必要な標的。


レオンハルト様が、スッと右手を上げた。 杖は持っていない。素手だ。


「行くぞ」


短く呟き、彼が指を弾くような動作をした、その瞬間。


――ドォォォォォン!!


轟音と共に、巨大な岩が内側から弾けたように粉砕された。 砂煙が舞い上がり、演習場全体がビリビリと震える。


「な……ッ!?」

「詠唱なし!? しかも杖もなしで!?」


騎士たちが目を見開いて硬直する。 それだけではない。私が驚いたのは、その威力よりも「音」だった。


魔術を使う時特有の、空気がきしむような不快な音が全くしなかったのだ。 これまでレオンハルト様が魔法を使う時は、合わない服のせいで魔力が詰まり、キィィンという耳鳴りのような音がしていた。 けれど今は、風が抜けるように自然で、静かだった。


「……すごい」


レオンハルト様自身が、自分の手を見つめて呆然としている。 彼はゆっくりとこちらを振り向き、私を手招きした。


「アカリ、来い」


私が駆け寄ると、彼は興奮を抑えきれない様子で、私の肩を掴んだ。


「見たか? 魔力が、血管の中を流れる血よりもスムーズに駆け抜けていった。遮るものが何もない。ただ思っただけで、世界が応えてくれる感覚だ」


その顔は、新しい玩具を買ってもらった子供のように輝いている。 いつもの不機嫌な「氷の貴公子」はどこへやら。推しの笑顔の破壊力に、私はまたしても目が潰れそうになる。


「若様! いったいどのような魔道具を使われたのですか!?」


興奮した小隊長たちが駆け寄ってきた。


「そのローブ! もしかして、古代遺跡から発掘された『賢者の衣』ですか!?」 「いや、この艶のない質感……もしや、伝説の『深淵の魔布』では!?」


騎士たちはレオンハルト様の服を取り囲み、あるいは拝むように見つめている。 私は思わず吹き出しそうになるのをこらえた。


「いえ、皆様。それは……」


私が口を開こうとすると、レオンハルト様が制した。 そして、真顔で言い放った。


「そうだ。これは我が家の宝物庫に眠っていた、失われた技術による・オ・ー・ダ・ー・メ・イ・ド・だ」


(嘘ついた! ただの既製品ですよそれ!)


私は心の中でツッコミを入れたが、彼は私にウインクをして見せた。


「だが、この装備の真価を引き出せるのは、このアカリだけだ。彼女は、素材の『声』を聞き、着用者の魂と調和させる術を持っている」


「おおお……なんと!」

「素材の声を聞く……精霊使いのようなものか!」


騎士たちが尊敬の眼差しで私を見る。 誤解だ。とんでもない誤解だ。 私はただ、「骨格がしっかりしているから、麻素材のざっくりした風合いが似合うな」「動きを邪魔しないサイズ感がいいな」と判断しただけだ。


「聖なる布の選定者……!」

「アカリ殿、私の鎧も見てくだされ!」


あっという間に騎士たちに囲まれてしまった。 中には、見るからにサイズが合っていない鎧を着て、肩こりに悩んでいそうな騎士もいる。


(ああもう、職業病がうずく……!)


「あー、そこの方! 鎧の肩紐が食い込んでます! 貴方の体型なら、もう少し重心を下げたデザインにしないと!」

「えっ、こ、こうですか!?」

「そうです! そうすると剣の振りが速くなります!」


私が次々とアドバイスを始めると、演習場は即席の「ファッション・チェック会場」と化してしまった。 レオンハルト様は、そんな騒ぎを腕組みして満足げに眺めている。


「ふっ……やはり私の目に狂いはなかったな」


彼はボソリと呟いた。


「王都に行くぞ、アカリ。その眼力、この辺境に埋もれさせておくには惜しい」

「え?」


騎士の鎧を直していた私が振り返ると、彼は不敵に笑っていた。


「来週、王都で王主催の夜会がある。そこで私の『専属』として、お披露目だ。……覚悟しておけよ」


その言葉が、単なる「スタイリストとしてのお披露目」以上の意味を含んでいることに、鈍感な私はまだ気づいていなかった。


私の手によって、ただの布切れが伝説の装備と勘違いされ、辺境の演習場が熱狂に包まれる中、私たちの王都行きが決まったのだった。

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2025年12月27日 09:01
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救国の聖女? いえ、私はただの『似合わせ』係です。〜最強の魔術師様、その服の色だと魔力が死んでますよ〜 仙道 @sendoakira

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