第2話 からのオーマイガー
ぷっかり意識が浮上した。
水面から顔を出し、ぷはぁっと息を吐く。
「っ──────」
瞼を開けるとわたしの顔を覗き込んだまま、驚いて青い目をまん丸にした、ミルクティー色の髪の少年と視線が出会った。
愛らしく整ったその姿に、ここは天国かしらん。
なんて、冗談ではなくそう思っていたら。
「カポーーーん!!!」
羽のない天使がガバッとベッドに飛びついてくる勢いで、………いやもう飛びついてきた。
そうして真っ白で、少し硬い肌触りの布団ごとギュゥゥっと抱きしめられる。
「オレもうダメかと思ったんですから〜〜カポ〜〜おかえりなさい!」
ギュゥゥゥ。
まるで小さな子どもがぬいぐるみに抱きついているみたい。
少年はひとしきりそうした後、はっと何かに気がついた様子で顔を上げ、
「オレ、先生呼んできます! それからテディさんに電話も!」
興奮して早口にそう言いながら、真っ白な部屋を駆けて出て行こうとするその姿を見て咄嗟に。
乾いた唇を開く。
「待って、」
けれど喉を振り絞って出した声はあやふやで。
少年の耳には届かず。
部屋の扉が開き、そして閉まった。
「………………」
それでも、だ。
自分の鼓膜には届いていた。
聞き覚えのない、冷えた空気のような。
少しだけ低い響きをもった音。
「あ………あーーーー」
天井に向かって声を発し続けていけばいくほど、それはしっかりとした音になってくる。
「ほんとうに天国なの?」
そう訊ねる声は、やっぱり知らない人のもの。
ゆったりと体を起こしてみた。
そうしたらここは天国ではなく、病室のようだった。
それからもう一つ。気がついたことがある。
胸まで伸びた真っ黒な髪だ。
それはまるであの夜、風に遊ばれてなびいていた、あのシニョリーナのように長い髪。
「廊下は走らないでくれたまえ」
髪をひと房掴んだまま、訳も分からず固まっていると。
扉の向こうから低く、神経質そうな声がくぐもって聞こえてきた。
扉が開くと白衣を着た、二十代後半くらいかな? と、思われる背の高い男性医師が現れ「まったく」息を吐きながら部屋へと入ってきた。
「君ももう少しきちんと教育するべきだ。少なくとも病院では大人しくするようにな」
医師はなぜかわたしのことを知っているかのように話しかけてくる。
「………あの、これって夢、ですか?」
天国でないことは、薄々分かっていた。
お菓子もパイもない天国なんてあるわけないし、あって欲しくないもの。
「ふむ」
何か考え込むように一瞬押し黙り、わたしの顔を凝視ししていた医師は、おもむろにベッドへ。
カツカツ。と、踵を鳴らして歩み寄り。
「長く眠っていた事で記憶障害が起こっているかもしれないな」
「きおく、しょうがい?」
あまりにも突拍子すぎて。
まるで初めて聞いた言葉を繰り返すよう、呆けた音が出た。
けれど、まるでピンとこないのだ。
言うなればこの感覚は………
そう。
まるで別人になったかのような感覚、そのもの。
さっきの少年が誰なのかも、何を言っているのかも、言葉は理解できるけど意味が分からない。
だけどそれをどう説明すればいいのか。
靄がかかった脳でぐるぐると考えあぐねていたら。
医師はわたしが落ち込んでいると思ったのか、少しだけ優しい声音で言ってきた。
「不安だろうが、気にする事はないよ。また日常に戻ればじきに落ち着いてくるだろう。君は運がいい。本当なら死んでいてもおかしくなかったんだからね」
死。
その言葉にふと思い出す。
あの時、あの夜のことを。
「そ、そうだ。あの人は? もう一人………」
「ああ、彼女か」
医師は言った。
「彼女はまだ目が覚めない。心臓は外れていたけれど、予断は許さい状況だよ」
「それって、」
あのシニョリーナが?
その時不意に、窓に映る自分の姿が視界の端にチラついた。
それに釣られるよう、顔を向ける。
「………………うそでしょう?」
窓の外は暗く。
そこに映ったままそう呟く人物の顔は、あの夜、教会の墓地で見かけたシニョリーナだった。
裏ボスになる準備はいいかBy飼い犬 後藤あこ @hamham12-09
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