裏ボスになる準備はいいかBy飼い犬
後藤あこ
第1話 はじまりはジ・エンド
晩鐘は嫌いだ。
あのどこか夜の海に似た音が小さな町を泳ぐと途端、虚しさにボコボコにされる。
ああ今日もまた一日が終わってしまう。
それなのにわたしったら。イエスタデイも一昨日も食べて寝て、起きては食べて。
物語りを書かなくちゃと思いながらミートパイを焼いていたんだから!
そんな自分が情けなくて涙がポロポロ。布団を頭から被れば少しは神様の目を欺けるかもとか、またわたしはどうしようもないことを考えてしまってボロボロ。
「ポンポネ!」
わたしがその時の音を表現するなら、すぽん。
それくらい豪快に、元気な女の子の声と一緒に布団を奪われ、それまで真っ暗だった世界は突然、曇りなき眼一面。
「もう、ポンポネったらまた泣いてるー」
「シャーロット………」
「シスターが言ってたよ? たまには外の空気を吸わなきゃって。だからね、教会の扉の鍵を閉めてきてほしいんだって」
はい。小さな手に握られていた鍵を眼前に差し出され、鼻をずるずる、手の平を出す。
と、その上にぽんと置かれた古ぼけた鍵の冷たい感覚が一本。
「ポンポネが戻ってくるまで夜ご飯が食べられないんだから早くしてね? みんなもう待ってるから」
可愛い天使は限りなく透明な、無邪気な明るい声でそう言いながら、無自覚に容赦なくトンカチで釘を刺して、ポニーテールを揺らして部屋から出て行った。
子ども達が待っていると言われては、さすがに涙も引っ込む。
少しずつ冷えはじめた空気が濡れた頬を撫で、ひんやりするなぁ。
重い腰をヨロヨロ持ち上げて。
揺らす髪はないけれど、朝方ぶりに部屋の扉を開けた。
外はもう薄らと暗くなり始めていた。
ああ悲しい。けど鍵は閉めた。
再度扉が閉まっているか確認し、生活棟へ戻ろうと振り返った時だった。
ふと、墓地に佇む一人のシニョリーナが目に留まった。
真っ黒なワンピースに線が細く小柄なその人は、しばらく微動だにせず立っていた。
目線の先には白いユリが供えられた墓標が一基。
子どもと大人の間をたゆたうような、そんな印象があるのに凛とした横顔。
その不思議な魅力に目が離せず、しばらく観客のようにしてその姿を眺めていたら。
わたしの視線に気がついたのか。シニョリーナがこっちを見た。
瞬間、イタズラがばれてしまったかのような気持ちで、誤魔化そうと明後日の方向へ顔を向けようとした、それよりも早く。
「………………」
シニョリーナが微笑んだ。
「!」
それがあんまりにも綺麗なものだったから。
わたしはその場から動けずにいた。
そうして呆けている間にも、シニョリーナはわたしの前を通り過ぎて行く。
と、花びらみたくひらりと舞って落ちたハンカチを視界の端に捉えてしまった。
「あ、」
気付いたらお菓子を食べているみたいに、ほとんど無意識にそれを拾いに走って、教会の敷地内を出たばかりの背中に声をかける。
シニョリーナは立ち止まり、振り返った。
長い髪が風に遊ばれていた。
「これ、──────」
落 と し ま し た よ。
その続きが音になる前。
突然鳴り響いた銃声の音が鼓膜を貫く。
え。
と、思った時には目の前のシニョリーナが崩れ落ち、左胸から伝わる何とも言えない痛みに手を当てる。
それを追うように。
恐る恐る目線を下へ。
すると指の隙間から滲み出てくる真っ赤な命が目に飛び込んできた。
「カポ!!!」
焦った少年の声が辺りに鳴り渡ったのを、わたしは最後に聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます