『ナイルの庭』という錨

お題・派生

「触れてはいけない場所に、触れたあと」


 記憶を文字に落とし込む。

 行為と、名前を結び付けた瞬間に、世界に大きなひびが入った。

 車の窓にバキッとはいるようなあれに驚き、呆然としていたら、次はフラッシュみたいに意識が瞬いて、途切れては再接続を瞬きみたいに繰り返したかと思うと、視点が少しずつ上へずれていった。


 こめかみにてをやり、肺の中身を空にする。

 まだ、ここで理性を保つ「僕」と、いち早く安全地帯に逃げこみたい「私」の葛藤を、視界のズレとぼうとし始めた認知で知った。


 エルメスの「ナイルの庭」を手首にプッシュして、耳の裏にもつける。

 空っぽにした肺に、ゆっくりゆっくり、折り重なる木の葉のカーテンから零れる、五月の陽光のような香りを摂取した。


 甘すぎず、爽やかすぎない、人を切り裂かない知性の香り。


「いまここ」だけで終わりたくない。

 僕たちの気持ちを、守ってくれる、叡知の香り。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る