第4話 遭遇

 門は見えない。ならば、城の内部、疑わしいのは、やはり宝物庫か…

 ”城の門を閉じてこい”

 この指示の意味がたった今、やっとわかった気がした。


 それなら、ちゃんと説明しなさいよ、シルヴァン。

 ここにいる魔物がその門から出てきたとすると大事件じゃないの!

(とにかく、門を閉じなきゃ!)


 落ち着いて考えている暇はない。

 私に逃げ場がない事を理解した魔物は左右から距離を詰めて来る。

 翼のあるトカゲが、宙から私を急襲してきた。

「くそっ!」

 トカゲに向かって跳んで迎撃する。

 鉤爪を躱して、その足を掴む。そして剣で片翼を一閃する。

 これは、倒すという点で正しいけれど、間違っていた。

 トカゲはバランスを崩して回転しながら落下していく。

 もちろん私も一緒に。


 トカゲを下にすれば、何とかなる。

 だから、何とかなるという戦法は無い。

 思い付きに頼るのは、無計画と同じ。

(ああ、ダメね私)

 もう私一人で門を閉じるのは無理っぽい。

 地面に無事に落ちれなかったら、シルヴァンの助けを乞おう。

 自分の恥より、人の命が大事。

 冒険者としての矜持は、私にもある。


 振り回されて落ちていく私は、灯の付いた小窓が先に見えた。

(シスターぐらい私が助けたい)

 私は魔物を蹴って、宙を蹴った。

 そして、壁のわずかな出っ張りを人差し指を引っかけると、少し上の小窓に手を掛けた。


 小窓を小剣で鍵を壊して、部屋の中に転がり込む。

 すかさず手元にあったテーブルで小窓を塞ぐ。

 テーブルにあった小物が、音をたてて床に転がった。


 魔物が来れば、あっけなく破壊されるのは分かっている。

 ただ、少しでも時間---考える時間を稼ぎたかった。


「ここは、大丈夫ですよ」

 背中から、優しい声が聞こえた。


 私は小窓を気にしながら、振り返った。

(若いし、可愛い)

 髪は肩にかかる銀色、鼻筋は細く、口元には微笑、そして胸元は控えめ。

(いいわあ)


 白いブラウスに黒いベストの清楚な修道女。

 ただしスカートは短い、膝小僧が見えている。


 考える時間は稼げた。

【調査結果】魔族系 サキュバス ただし、私にとって害は無い。


「ここには、魔物は入って来ません」

 清楚なふりのシスターが私の手前に来て止まった。

 ごくりと私の喉が鳴った。

 それを誤魔化すように辺りを見回す。小さな礼拝堂だわ。

 その横に柔らかい小さなソファがある。

 男が来たら…そこで吸うのね。


「ねぇ魔物が出て来た門に心当たりはある?」

「門?城の門の事かしら?」

「宝物庫って、行ったことある?」

「無いわよ、そもそも、これ、何の質問ですか? もしかしたら泥棒さん?」


 会話のリアクションは、ああ、女装した時のシルヴァンに似てる。

 さり気ない手の動き、顎で指を軽く当てて考えるフリ…。

 眼を見開いて驚いたフリ、腰に手を当てて前屈みで詰問するフリ…

 それに鼻腔をくすぐる甘い、そして、もわっとする感じがする。

 これは、初見じゃ難しいな、特に男は騙されるわ。


「城の他の人はどうなったの?」

「知らない、私は、ずっとここにいたから」


 嘘は言っていないと思う。

 可愛いサキュバスが嘘をつくのは、精を吸いたい男を絡めとる時だけ。


 私は、そっち系だから、サキュバスの精神攻撃には正直弱い。

 だから、床に落ちた手鏡をずっと見て、魅了だけは避ける。

 手鏡には、シスターの短めのスカートの中が見えているもの。

(大胆な下着ね)

 似たようなのを、シルヴァンから貰った気がする。

 どこかの伯爵のプレゼントって聞いた気がする。

 ”これで僕とおそろいだね”

 そう女装のエルフに言われた気がする。

 もっとも風邪をひきそうだから、私は履いてない。

 どこに行ったかな、紐のやつ。


 こうやって、意識を逸らしておかないと、引き込まれそうになる。

 嘘だと思うなら、やってみれば?自己責任で。


 だから、私の頭が、何かの違和感をずっと訴えてる。


 私は手鏡を見て、シスターを見て、また手鏡を見た。

 壁に掛かったタペストリーを見つけた。この城が縫い込まれている。

 私はタペストリーの前に移動した。

 やっと、頭が回り出したみたい、やっと違和感に気が付いたのよ。


「どうかしたのですか、手鏡ばっかり見て」

 ストンと布が手鏡の横に落ちた。

(スカート!)


 私は、思わずシスターを見上げてしまった。

 素足を、さっき見てた下着を、上着を、そして紅く光った瞳を。

(しまった…)

 赤い眼に捉えられて、身体に力が入らない。

「サキュバス?ちょっと違うかな」

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