第2話 侵入

「城の門を閉じてこい?」

 こんな訳の分からない依頼を鵜呑みにするほど、私も馬鹿じゃない。

(シルヴァンのばーか)

 だから裏門から確認した。当然、ここも閉まっている。

 なので予定通り、城の壁を乗り越え、裏庭に身を潜めて考えている。


 正門は、この時間なら閉じているはず。

 まさか開いていて、門衛と事を構えるという依頼ではないでしょ。

 確かに私には簡単な依頼だけど、それは無いわ。


「キルケちゃんくらいの冒険者なら、それでわかるだろ」

(キルケちゃん!)

 依頼書を見た時に、そう言われたので、何も聞かなかった。


「”助けて~シルヴァン様”って叫んだら、助けに行くから。金貨一枚でね」

 酒場で、あのエルフは、両手を胸の前で手を合わせて、”助けて~”を可愛くやってみせた。

 それを見た、女給が頬を赤くして、膝から崩れ落ちた。

「絶対、一人でやる!」

 私はテーブルを叩いた。


 思い出しても、むかつく。


 城の内部の図面は、だいたい頭に入れている。

 それによる人の配置も見当がついている。


 しかし分かっている門を、手あたり次第に閉めに行くのは愚かだと思う。

 ”上級冒険者ならわかる”と、あの根性悪の事だから、絶対裏がある。


(どうしようかな)

 私は、城を見上げていた。

 後は、宝物庫、そして城の上の東西2つの塔。

 まさか、どちらかに、囚われの姫がいるのだろうか。


(姫かぁ)

 私が扉を開けたら、白いドレスの姫が、瞳をうるうるさせて、私にこう言うの。

「ありがとうございます、キルケ様」

 そして、そのマシュマロのような身体で、私を抱きしめてくるのだ。


(――落ち着け、私)


 問題は、頭上の満月。雲で一部も隠すことなく、眩しい。

(ああ、美女の裸みたい)


 こほん。

 しかし満月の夜に、城に侵入するなんて、素人じみてる。


 城の裏の壁は、案外平坦にできている。

 城が美女に例えられるのは、前から見た時だけのこと。

 美女は、後ろ姿もいいもの。うなじもいいし、お尻も素敵だし、ふくらはぎの張りもいい。


 城のことに戻ると、正門から、花の咲き誇る小径を歩くと、胸元のような白い壁に花を散らしたテラスが見える。

 そして、ドレスの裾のような玄関に出迎えられる。

 こんな感じで、詩人はこの城を称える。


 それともう一つ、城の中庭には、”城の手鏡”と言われる池がある。

 正門から入る国賓は、ここで美しい二つの城の光景に必ず立ち止まるらしい。


 その美女の背中の中ほどに、小さな灯が見える。

 とりあえず、あの小窓を目指すのが、自然だろう。


 手入れ不足の草むらから、静かに壁に向かって前進する。

「!」

 私は、跳び上がった。

 何かが水平に薙いだ。刈られた草が宙に舞った。

 跳ばなければ、私の首もそうなっていた。


 総毛だった。

 美女がなんたらと、私は呆けすぎていた。


 距離を取って、相手を確認したいけど、立て続けに連撃がくる。

 身体が少し冷えて動きが遅くなっているけど、躱せる。

 こんなところで侵入がバレたくもない。

 短剣は抜いたけれど、音がたつから剣を合わせたくない。


 敵の正体がやっとわかる時がきた。

 いい女は、秘密でできているらしいけど、これは…

 こんな連中に夜警をさせているの?

 それが三体いる。

 私は大鎌を持った骸骨に囲まれていた。


(長引くとまずいわね)

 そんな事を思う私に、一体が鎌を振り下ろしてくる。

 一瞬で私は移動してそいつの背後に回り、背骨を掴んだ。

 力を込めずとも、骸骨が静かに崩れていく。


 それを気にせず、私は、壁へと歩き始める。

 骸骨は、私を仲間だと見做している。

 そう、私は骸骨を魔力で纏ったのよ。

 低級の骸骨程度なら騙せる擬態の魔法。

 見たシルヴァン? 私、筋肉馬鹿じゃないからね!



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