第二話 帰ってきた災厄

店の外。

色あせたラーメン屋の向かいに停められた、営業車にしか見えないバンの中。

フロントガラス越しに、暖簾がわずかに揺れている。


「……どうする?」


助手席の男が、イヤーピースに指を当てたまま低く言った。


「今なら確保できる。店内は民間人一名、老齢男性。抵抗は――」


「するな」


即答だった。

運転席の女は、視線を外さずに続ける。


「指示は“見張れ”。それだけだ」


「だが――」


「シン・ニシウラワだぞ」


その名前で、車内の空気が一段冷える。


「下手に触れれば、どこが吹き飛ぶかわからない。

 この町か、メガフロートか、あるいは――」


女は言葉を切った。


「うちか、だ」


ラーメン屋の窓越しに、男がどんぶりを置く気配が見えた。


「どこが吹き飛ぶにせよ、ちゃんと責任はお偉方にとってもらわないとな」


「……了解」


助手席の男は舌打ちし、双眼デバイスを再調整する。


「見張りを継続する」


「記録しておけ」


「何を?」


「――帰ってきた、という事実を」


その直後、助手席の男がふと視線を上げた。

空中に、何もない――はずの場所。

陽光が、わずかに歪む。


「……あ?」


空中迷彩。

視認距離、ほぼゼロ。

ドローンが、静止したまま浮かんでいた。


「……おい」


「見えてるな」


運転席の女は、苦く笑った。


「どうやら“見張り”は、うちだけじゃないな」


ラーメン屋の暖簾が、再び揺れた。

関東のパワーゲームは、この一杯の豆腐ラーメンを起点として始まっていた。

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