第2話

「先輩、12月24日の夜、空いてますか?」

「……」

 

 出たよ。まただよ、このシフトの交代文句。しかも今回は俺が気になってる女の子から。俺、泣いても良いか? 


 さて、佐藤さんにクリスマスイブに彼氏と過ごしたいからシフトを交代して欲しいとお願いされた翌日。

 俺は現在、コンビニのバイト中に客足が途切れたタイミングで、絶賛気になってる女の子からシフトの交代文句を言われ、あまりにも絶望的な状態で泣きたくなっていた。


 彼女の名前は一ノ瀬いちのせ しおり。佐藤さんと同じく俺の一個下の女の子。

 少し控えめな性格で清楚美少女で黒髪だ。

 古今東西、清楚美少女は黒髪と決まっている。多分……。


 と言うか、このコンビニの女性陣の顔面偏差値高すぎな。佐藤さん然り、一ノ瀬さん然り。他の女性陣も容姿が整ってるし。

 それなのに、男子ときたら……。ねぇ店長? 俺と店長は、これと言って取り柄ないですよね?


「おい、神崎。お前、なんか失礼な事考えてないか?」

「いえ、別に」


 冗談ですやん……。


 どうやら俺が店長に対して失礼な事を考えていた事を気付かれたようだ。店長が俺に少し鋭い視線を送ってくる。

 とは言え、別にこのコンビニの男子全員が……と言うわけではない。あくまでも俺と店長はと言っている。


「あ、あの……先輩……、そ、それで……その……お返事は……頂けますか……?」

「ん? ああ、ごめん。24日の夜のことだったね」


 一ノ瀬さんが少し頬を赤ながら、上目遣いで俺を見てくる。


 ──クソウ!! めちゃくちゃ可愛いなチクショウ!! 

 こんな可愛い子とクリスマスイブの夜に過ごせるとか、一ノ瀬さんの彼氏が羨ましいぞ!!


 そんなことを思うけれど、それと同時に気になってる女の子が他の男と過ごすことに胸が張り裂けそうなほどギリギリと痛み、涙が込み上げてくる。

 

 うん……これはもう、間違いない。俺は彼女のことが好きなんだろう。これは恋だ。

 だって、これ程までに胸が張り裂けそうなのだから。


 だが、好きな人の幸せを願わなくてどうする。好きな人には笑顔でいて欲しいではないか。

 そして一ノ瀬さんが1番笑顔になれる場所は、おそらく彼氏の隣。


 俺は頭の中で一ノ瀬さんと、一ノ瀬さんの仮想先輩彼氏を思い浮かべる。

 一ノ瀬さんはその仮想先輩彼氏の横で笑顔を浮かべている。

 俺はセルフ脳破壊で先程以上に胸が締め付けられた。


 やはり俺は彼女が……一ノ瀬さんが好きだ。でも……うん……この思いは胸にしまっておこう。

 

「うん、良いよ。彼氏さんとクリスマスイブに一緒に過ごしたいんでしょ? それならシフト交代は俺に任せてよ」


 そうだ。これで良いんだ。例え苦しい事だったとしても。


「えっ?」


 そんなことを思って一ノ瀬さんとのシフトの交代を承諾したのだが、彼女は俺の返答に少し戸惑った反応をした。


「……えっ?」


 思わず俺も少し戸惑った表情をする。


「え、えっと……、わ、私は(神崎)先輩と一緒に過ごしたいんです……」

「うん? うん。だからシフトの交代は任せてよ」

「えっ?」

「……えっ?」


 あ、あれ? 俺、もしかしてなんか間違っちゃった?


「店長さん……すみません……。私、早退します……」

「あ、ああ……」


 俯きながらスタッフルームに下がっていく一ノ瀬さんの瞳には、少し涙が溜まっていたのが俺には見えた。


 良かれと思って一ノ瀬さんのシフト交代をこっちから申し出たんだけど……どうして……?


「神崎……お前、今のは酷いぞ……」


 俺が困惑していると店長が批判めいた瞳を俺に向けてくる。


「アレはな、神崎。お前と一緒に過ごしたいって意味だぞ?」

「!? そうなんですか!? ……いや、それはあり得ないですよ……」


 店長の言葉に一瞬テンションが上がるが、すぐに冷静になる。何故なら『12月24日の夜、空いてますか?』と聞かれて、それが彼氏と過ごしたいからシフトを変わって欲しいという意味だったことが、つい昨日あったのだから。


「アレはシフト変わって欲しいって意味ですよ。昨日は佐藤さんに「12月24日の夜、空いてますか?」っていう一言一句たがわない質問をされて、結果シフト変わって欲しいって意味でしたし」

「じゃあ一ノ瀬のあの涙はなんなんだよ?」

「それは……」


 それは正直分からない。でも、好きな女の子を泣かせてしまったのは事実。出来ることなら追いかけて一ノ瀬さんに謝りたい。どうして泣かせてしまったのか分からなかったとしても。


 そんなことを悶々と考えていると、それを見かねた店長が俺に声をかけた。


「追いかけてこい」

「えっ? 良いんですか? でも、俺が抜けたら店長が1人……」

「良いから追いかけろ! 今回は多めに見てやるから!」

「ッ!! 分かりました! 今度必ず改めてお礼させてください!」


 店長が一ノ瀬さんを追いかけろと強く怒鳴る。俺は感謝の意を店長に述べてスタッフルームに急いで下がっていく。


 スタッフルームには既に一ノ瀬さんの姿がなかった。

 俺はタイムカードを切ってすぐさま着替え、上着を羽織って一ノ瀬さんを探すために走った。




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