第7話

シュナの柔らかな肢体を心ゆくまで堪能し、支配と悦楽の余韻に浸りながら、レイは深い眠りの底へと沈んでいった。


意識の境界が溶け、視界に広がったのは、あの凍てつく石造りの塔だった。窓のない部屋、絶望をなぞるような冷気。そこで幼いレイの隣に座っていたのは、厩の世話を担当していた青年、カシムだった。

「いいか、レイ。女ってのはな、ただ力で屈服させるもんじゃない。

指先の一つ、吐息の一つにまで慈しみを込めるんだ。そうすれば、相手はお前から離れられなくなる。・・・お前のその冷たい魔法だって、使い方次第で、誰かをとろけさせる熱に変わるんだよ」

カシムは、化け物と蔑まれていたレイを唯一「人間」として扱い、世界の常識と共に、歪な愛の術を授けてくれた。死の間際までレイを庇い、その命を繋いだ恩人。


夢の中で、レイは青年の面影に向かって静かに微笑んだ。

(ありがとう、カシム。あんたの教えは、今も僕の中で生きている。

あんたが教えてくれたから、僕はもう寂しくない。シュナを、僕だけの鎖で繋ぎ止めておけるんだ・・・) それは祈りにも似た、純粋で残酷な感謝の言葉だった。


翌朝、窓から差し込む柔らかな光が、乱れたシーツと、繋がれたままのシュナの肌を白く浮かび上がらせた。

レイは名残惜しそうに、けれど力強くシュナの細い体を抱きしめた。鼻腔をくすぐる彼女の香りが、昨夜の甘美な記憶を呼び起こす。騎士団の制服を纏えば、彼は冷徹な「隠密班」の騎士でなければならない。だが、今の彼の胸には、誰にも侵せない確かな帰るべき場所があった。

「行ってくるよ、シュナ」

耳元で囁き、レイはその額にそっと唇を寄せた。

「・・・行ってらっしゃい、レイ」

シュナは拒絶することも、手錠の冷たさをなじることもなく、ただ聖母のような慈愛を湛えて優しく微笑んだ。その微笑みが、心からの愛情なのか、それとも逃れられない絶望の果てに得た諦観なのかは、誰にもわからない。


ただ、扉を閉める瞬間のレイの瞳には、一切の迷いはなかった。 たとえ世界を敵に回しても、この檻の中の楽園だけは守り抜く。 亡き恩人から受け継いだ術と、自らの手で掴み取った金貨、そして絶対的な力。それらすべてを糧にして、少年は冬の朝の澄んだ空気の中へと、静かに踏み出していった。

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氷の檻 @aoi-ryo-novel

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