02 協調性──問題は起きていない。
適材適所。
能力を考慮して配置したつもりだったが、またもや問題が発生した。
「白木さん、先日はどうも。どちらへ?」
オフィスの廊下を歩いていると、背後から足音が近付いてきた。
営業部の佐伯だ。
「ああ、今からシステム部に。」
「もしかして……。
実は同期がシステムに居まして。
鴻野がそこで、浮いてしまっているという噂を耳にして。」
えらくタイムリーな話だ。
現状どこまで出回っているかは定かでないが、“噂”が立ち上がった以上、広まるのも時間の問題だな。
「実は、その件で今日はお話を伺うつもりです。」
「そうですか……。悪いやつじゃないんです。
よろしくお願いします。」
佐伯はそれだけ言って、外回りへ向かった。
「うわあ、このフロア、呼吸してる?」
システム部のドアを潜った瞬間、相澤が猫目を三分の一ほど伏せて、訳の分からない事を呟いた。
確かに異様な静けさではある。
今回の告発者は、個人ではなく、複数名という雑な括りである事から、感情の発生源を特定するのは不可能に近い。
「青木部長、今朝報告いただいた問題についてなんですが、」
「ああ、鴻野くんですか。彼、非常に有能で。管理職サイドはみんな喜んでるんですけどね〜。ただ、一つだけ問題が。」
青木部長は顎髭を人差し指の甲で撫でながら、鴻野を一瞥する。回りくどい。
「と、言いますと?」
「“協調性”が足りないって話でね。
まあ、ふわっとしたクレームですよ。」
「承知しました。少し中の様子を確認させていただきます。」
「鴻野さん、営業部に提出する書類って、」
「出来てます。」
女性社員の質問に対して、的確に答えた上で、予め纏めてあった資料を手渡す鴻野。
「ありがとう。それと午後の会議なんだけど、」
「会議室に資料並べてあります。議事録担当しましょうか。」
「……うん、お願い。」
「分かりました。」
一切の無駄がない。
受け取った女性社員は、脅威なのか、不快感なのか、どちらにせよ反射的に一歩引いて、周囲と視線を合わせて“何か”を確認していた。
見たところ、鴻野自身は社会人としての役割をきちんと果たしているように見える。
「鴻野さん、少しお時間いいですか。」
彼は振り返り、軽く会釈をしてから、黙って奥にある個室へと俺たちを誘導した。
「白木 慧さん、でしたか。先日はどうも。」
「はい。こちらの仕事は慣れましたか。」
この感情が乗らない無機質な声が、今回敬遠された理由かもしれない、と仮説を立てる。
「ええ。営業の数字も、全てこちらで把握しています。このシステム、自動化出来ますよ。
──誰が辞めても回るように。」
言いながら、彼はPCの画面に映し出されるグラフを指差した。
大した男だ。少なくとも俺は、この類の人種は信用できると踏んでいる。
実際、鴻野からは、少しの悪意も感じない。
寧ろ、制度に噛み合いすぎている。
「一人が欠けて成り立たなくなる制度は、脆いですからね。
実際、あなたが抜けた後もなんとか営業部は回っている。」
「でしょうね。僕の役割は、成約を取る事ではなく、誰かが取った成約の後処理でしたから。」
鴻野は表情一つ動かさずに言い切った。
「完璧に適応されてますね。
後は、円滑なコミュニケーション、といったところですかね。」
「もし異動が必要なら、僕はどこでも大丈夫です。」
鴻野は、困っているようには見えなかった。
ただ、助けを必要とする設計でもなかった。
仕事の成立以前に、感じの良さが必要になるのが、日本の在り方なのかもしれない。
エレベーターに乗り込んだ瞬間、相澤がまた独り言のように吐き出す。
「全員が“ちょうどいい人間”じゃないとあかんの?」
俺はその問いには答えず、扉の閉まる音だけが響いた。
正解の設計図 深山 紗夜 @yorunosumi
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