第10話 新たな出発


 あの日から2日後の朝が来た。

 魔女リーベルは、黒猫|(本来の姿)になり馬の背で毛繕いをしている。

 ゴールドの瞳を細め、短く鳴いた。

 カマルが馬に乗ってきたのだ。

「やあ、またせてごめんね。リーベル。」

 そう言って優しく体を撫でた。

「あ〜、キダイでいいのかな?それともカウィ?とでも呼んだほうが正解なのかな。」

 カマルとキダイは、キダイの記憶について一晩中、話をしたのだった。

「昨日の夜も言っただろう。僕は、ユウに会ってから2度目の人生が始まったんだ。カウィじゃない。キダイだ。」

「了解!キダイ。」

 2人は笑顔を交わし宿を出発したのだ。

 馬を引いているキダイの後ろ姿がなんだか落ち着かない。

「キダイ、頑張って!」

 その言葉に振り返ったキダイは、今まで見たこともない緊張をした顔をしていた。

 |(僕は、2、3日前に目が見えるようになったんだから当たり前だけど…。)

 いい大人なのにキダイのことが可愛いと思ってしまった。

 ある建物の前で足を止めたキダイ。

そこは、この街に来て初めて食事をしたレストランだ。

 キダイは、胸に手を当て深呼吸をする。

 そしてもう一度。

 馬に乗っているカマルと黒猫リーベルに向かって振り返りぎこちない笑みをつくって見せた。

 僕は、大きく頷きエールを送った。

 大きく咳払いをしたキダイは、ドアを3回ノックした。

「はーい、どなたかしら。」

 明るく透き通った声が中から聞こえてきた。

 ドアが開く。

「やあ、おはよう。早くからすまない。僕のこと覚えてるかい。あそこの馬に乗っている男の子と一緒にここ数日、食事に来たことがあるんだけど…沢山のお客さんがいるから覚えてないよね。えーっとあの時は、その、君に会って、その…。なんだったかな。伝えたいことがあって…今日、朝早くから悪いかなと思ったんだけど…どうしても伝えたいことがあって。」

 ドアを開けたルアは、びっくりした様子でキダイを見つめた。

 その様子を見守っていたカマルとリーベルは、お互い顔を合わせ無言でまたキダイを静かに見守るのだった。

「ちょっ、ちょっと待って、何?どうしたの?」

 落ち着いてと言わんばかりにルアは、ゆっくりと口を開いた。

「覚えてるわ、初めて会った日のこと、可愛い坊やと一緒だったことも。お手伝いしてくれようとしたことも…それから毎晩食事に来てくれたでしょ!」

 そして馬に乗ったカマルとまとめられた荷物をみて理解したようにルアは、言った。

「この街を出ていくのね。それでお別れをしにわざわざ挨拶に来てくれたの?」

「あぁ、そうなんだ。今日、街を出発するんだ。僕らの住んでいるところに帰るんだ。」

 それを聞いたルアは、なんだか寂しそうな笑顔を見せて

「そうなんだ。……短い間だったけどお店に何度も来てくれて有難う。2人のことは忘れないわ。」

 そういうと片手でバイバイと手を振った。

 ルアの胸元には、太陽に輝くブルーの宝石が輝いていた。

 |(キダイ、ファラーシャを頼んだわよ)

「王妃…」と小さく呟いていた。

 キダイの顔つきが変わったのに気が付いたルアは、不思議そうにキダイを見つめた。

「キダイ?」

「カウィ、僕の本当の名前は、カウィ。あなたにそう呼ばれていました。遠い遠い昔のことですが…。」

 眉をひそめたルアは、カウィと名乗ったキダイの顔をまじまじと見つめ考えている様子だった。

「ごめんなさい。分からないわ。カウィという名前も初めて聞いた気がするし、貴方にあったのは、この店のはずよ。ごめんなさい、頭が痛くなってきたわ、気をつけて」

 そういうとルアは、ドアを閉めてしまった。

 ドアの向こうから

「さようなら」

 そうひとこと言ってその場にしゃがみ込んだのだった。

 |(どうしたんだろう。なんだか胸が苦しいわ。それに何かを思い出せそうで思い出せない、頭が痛いわ。

 誰なの?私は、誰を待っているの?)

 ルアは、頭を抱えてうずくまってしまった。


 ドアを閉められ別れの言葉を言われたキダイは、ゆっくりと振り返りこれで良いのだとカマルとリーベルに微笑んだ。

「情けないね〜。今の若いもんわ。昔のことなんてどうだっていいじゃないか。ただ好きだーっていうだけじゃないか。あ〜〜情けない。」

 そういうと丸くなって眠りの体勢になる黒猫リーベルだった。

「今の生活が彼女にとって幸せならいいかなって。」

「本当にそれでいいんだね。キダイ」

 とカマルは、リーベルを優しく撫でた。

「ファラーシャ様と僕とでは、釣り合わないし、王妃だって、まさか記憶を盗られるなんて知らなかったはずさ!僕が約束を果たしたわけではないけれど幸せに暮らしているのは事実なんだから…。」

 数日間、店に通って感じたんだ。

 楽しそうに店の仕事をしているルアファラーシャを。

 店主の人柄も信用できる、そして街の人達からもルアは、とても可愛がられているのが分かった。

 |(さすがファラーシャ様だ)

 馬の手綱をつかんでゆっくりと歩き出した。

「本当にこのまま行っちゃっていいの?キダイ。」

「いいんだ。さぁ行こう。ユウが待っている。」

 カマルは、ツンツンと馬の背中で丸まっている黒猫リーベルを突いた。

 面倒臭そうに薄目を開けてカマルを見る。

 カマルは、小声で独り言を話し始めた。「僕たちの街までは連れて行くとしか約束をしていないよね〜…その後は、どうなろうと知ったこちゃないしな〜魔女なんだから魔法が使えるし困らないよね。ユウの作る料理は絶品なんだ!残念だね。食べられないなんて!あ〜思い出すだけでよだれが出ちゃう!あ〜残念だよ〜。食べられないなんて。猫暮らしだっけ?のんびり暮らせるといいね?僕の住んでる街には、ボス猫がいたな〜めちゃくちゃ強いんだよな〜新入りは、猫パンチで歓迎?されるかもな〜それともまた、老婆に戻るのかなぁ〜。」

 カマルは、わざと意地悪な言い方をした。

「年寄りをイジメよって…。」

「リーベルは、優しい猫だって言ったんだよ。僕は!」

 黒猫リーベルは、面倒臭そうに起き上がりゆっくりと伸びをしてから前足を揃え馬の背中にバランスよく座った。


 キダイは、真っ直ぐ前を向いて歩いている。

 表情は、見えないけど複雑な思いをしているに違いない。

 優しく風が吹いた。

「…って!」

 何かが聞こえた気がしてキダイは、後方へ振り返った。

「ねぇ、何か聞こえたよね。キダイ」

 この日は、優しい風が吹いていた。

「ねぇ、待って!私も連れて行って!カウィ!」

 彼女の澄んだ声は、キダイの耳にもしっかりと聞こえたのだ。

 笑顔で彼女が追いかけてきたのだ。

 大きなカバンを持って。

「ユウとやらの料理は、本当に美味しいのだろうな。カマル」

「もちろんさ!大好きだよ!リーベル!」

 カマルは、黒猫を思いっきり抱きしめて頬ずりをした。

 黒猫もまんざら嫌ではないようでカマルにされるがままに、そしてゴロゴロと喉を鳴らすのだった。

(あの時は、200歳を超えていた頃か?イヤイヤ失敗失敗、歳はとりたくないの〜)

この出来事に一番ビックリしたのは、リーベルだということは、誰にも気付かれてはいないようだ。




 完

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砂の城 仲ゆい葉 @-_-A

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