第9話 願いは一つ
中に入るとそこは無限に星空が広がっていた。
辺りを見渡すと目の前奥にロウソクの灯りに照らされた1人の老婆が丸いテーブルの奥に座っていた。
オレンジ色の炎に照らされた顔は、穏やかな笑みを浮かべ手招きをしている。
キダイは、カマルに注意を促しながらゆっくりと手招きをしている老婆の元へと歩み寄る。
キダイは、何か様子を伺っているようだ。
カマルは、我慢できなくなって、大きな声を上げた。
「誰かいるの?何も聞こえないけど。いるなら返事して。」
「おやおや、元気な坊やだね〜。」
細めていた目をできるだけ大きく見開き笑みを浮かべながら老婆が応えた。
「僕たちは、黒猫に呼ばれてついてきたんだ。
この中に入っていって見失ってしまった。」
キダイは、説明をした。
するとその老婆は、奇妙な笑い方をしてこう言ったのだ。
「君たちが探しているのは、この私だ。」
老婆が身に付けていた黒いマントをひるがえしたかと思ったら今まで椅子に座っていたはずの老婆が黒猫に変身してしまったのだ。
驚いたキダイは、目を疑ったがそれと同時に黒猫に変身した老婆が魔女だと確信した。
「もしかして、あなたは、願いをかなえてくれるという魔女?」
カマルは、キダイのほうへと顔を向けた。
その老婆、いや今は、黒猫の姿だが言葉を話した。
「そうだとも。私は、魔女のリーベルだ。」
今度は、声のするほうへと顔を向けるカマル。
「そうか、その坊やは、目が見えないのだな。願いは、それか…。」
キダイは、カマルをみてから魔女リーベルに言った。
「そうだ。その為に貴方を探して旅をしてきたんだ。叶えてくれるだろうか…。」
キダイは、真剣な眼差しで黒猫姿の魔女リーベルに伝えた。
「それがお前の願いか?」
そう言うとあっという間に黒猫から老婆の姿に戻ったのだ。
今となっては、どちらが魔女の本当の姿なのか分からなくなった。
「願いは、1人1つだ。よいのか。」
魔女の言った意味が最初は、分からなかったが。
「ひとりひとつ…。」
何かに気付いて口にしたのが早かったのはカマルだった。
「僕の願いだ。それは僕の願いだ。だからキダイは、キダイで願いをひとつ叶えてもらえるんだ!そういうことだよね魔女さん。」
カマルは、少し興奮気味に答えた。
「僕の願い……。」
キダイは、思いも寄らない展開に少し戸惑った。
まさか、自分自身も願いを叶えてもらおうなんて考えてもいなかったからだ。
魔女リーベルが言った。
「いいかいお前さん達、どんな願いも叶えることなどこの私にかかれば簡単な事だ。ただしタダではない。条件がある…。」
そう言ってキダイとカマルの顔を交互にみた。
「記憶を…お前たちの今までの思い出を全てもらう。それが条件だ。」
「記憶?思い出…。」
キダイは、考え込んだ顔をした。
キダイには、もともと昔の記憶がないからだ。
「どういうこと?」
カマルは言った。
「私は、
ヒヒヒッ」
魔女リーベルは、そう言うと今までみてきた
「さあ、覚悟はあるかい?」
カマルは、聞いた。
「それってキダイのこともユウのこともみーんな忘れちゃうって事。」
カマルは、呼吸をすることを忘れるほど動揺した。
キダイはそんなカマルの肩を抱いた。
キダイもそんな話までは、知らなかったのだ。
そんな2人に魔女リーベルは言った。
「私はね誰でも願いを叶えてやる事はしないんだ。
お前達は、私に選ばれたんだよ。
そういえば、むかし。
そのまた昔、馬と一緒に来た娘がいたねぇ〜私は、人間の記憶しか興味がないんだ。残念だが馬の願いは、叶えてやれなかったよ。
言葉も理解してやれなかったしね。…魔女なのに。
ケケケッそれなのにどうだい!
その日にもう1人、同じように馬と一緒に来た男が飛び込んできたのさ。
まさかふたりとも馬を連れてくるとは。
面白くて今でも思い出すね〜。
クククッ馬も一緒にクククッ…」
と魔女リーベルは、思い出し笑いをしながらキダイに話しているようだった。
キダイは、眉をひそめ何か思い出そうとしたが何も思い出せない。
ただ何故かあの夜、食事をした店のルアという女性が頭に浮かんだ。
|(何故、彼女の事を思い出したんだ。いや、彼女に似ているが、ドレスを着て少し幼い感じがする、誰なんだ。それとも過去に彼女に出会っていたのか)
「さぁ、どちらから願いを叶えてやろうか。」
魔女リーベルが、指を差した。
「さぁ、坊や心で強く願うんだ。」
その指先は、カマルを指していた。
迷っている時間はなかった。
カマルの返事も待たないで魔女リーベルは、聞き慣れない呪文のような言葉を唱え始めたからだ。
カマルは、もともと瞳を閉じているのだがさらに強く硬く閉じた。
そして強く強く心の中で願うのだった。
|(この世界をみたい。自分の目で見えるようになりたいんだ。)
何度も何度も繰り返し願った。
すると自分の意志ではなくゆっくりと瞳が開き始めた。
温かい光に包まれ始めたカマルを心配そうにキダイは、見守っている。
リーベルは、呪文を唱え終え
「後でゆっくり楽しむとするかな。」
とキダイやカマルに聞こえない小さな声で呟いた。
カマルを包みこんでいた光は徐々に輝きを弱め消えていった。
「大丈夫か!カマル!」
キダイはカマルと同じ目線になるよう跪いた。
カマルの瞳は、大きく美しい青色の瞳をしていた。
ゆっくりと2、3度まばたきをしてカマルは言った。
「お兄さんは、だれ?」
キダイは、優しく微笑むとこう答えた。
「すぐに分かるさ。」
キダイは、立ち上がり魔女リーベルに向かいひとつの願いを伝えた。
「カマルの記憶を返して。これが僕の願いだ。」
まっすぐに魔女リーベルを見つめた。
「それがお前の願いか…。私はねぇ驚いているんだよ。まさか
魔女リーベルは、そういうとカマルの時とは違う呪文を唱え始めた。
カマルは、どうしたらいいのか今の状況が理解できていない。
目の前でとってもカッコいいお兄さんと魔女みたいなおばあさんがいる。
それに…周りを見渡した。
暗闇の中に光る、まるで星空の中に迷い込んだみたい。
この空間に立っているのが不思議でしょうがない。
宙に浮いているような感覚だ。
|(お兄さんは、すぐに分かると言ったけど向こうで何を話してるんだろう。それにここはどこなんだろう、僕は、…僕は誰?)
するとなぜだか自然と独り言を言っていた。
「カマル……カマルだ!え?自分の名前を確認してんの」
クスクスとカマルは、笑った。
「キダイは、どんな願い事をしたんだろう」
キダイは、魔女リーベルとのやり取りが終わった様子でカマルの元へと戻ってきた。
そしてカマルに笑顔で微笑んだ。
とても嬉しそうだ。
「カマル、僕が見えるかい?」
その言葉にカマルは、ハッとした。
見えてる。
はっきりとキダイの顔が見えている。
何故、気付かなかったんだ!
「見えてる。見えるよキダイ!!とってもかっこいいんだねキダイ!!想像以上だ!!」
カマルは、キダイに抱きついた。
キダイもそれに応え抱きしめたのだった。
気が付くと魔女リーベルの姿は消え星屑の空間もなくなっていたのだった。
ただ一匹の黒猫が喉をゴロゴロ鳴らしながら二人を見上げていた。
「キダイは、どんな願い事をしたの!そうだ、あの魔女は、記憶をもらうと言っていたけどちゃんと覚えてるよ。キダイのことも今までの事だってしっかり言えるよ!」
「あぁ、僕も記憶は、消えていない。それどころかそれ以上に思い出したんだ。」
そう、キダイは、魔女リーベルとのやり取りをカマルに話した。
「カマルの記憶を返してくれ。これが僕の願いだ。」
「それがお前の願いか…。私はねぇ驚いているんだよ。まさか
「再び出逢うこと?僕と何処かで会ったことがあるのか?」
キダイは、魔女リーベルに興奮気味に訊ねた。
「私はね、出会った人間は、全て覚えている。
私に願い事を叶えてもらうと交換条件で記憶をなくした人間は、何も覚えていない、もちろん私のこともさ。
そしてフラフラと何処かへ行くのさ、あてもなく。自分が誰なのか、どこから来たのか、ここは、どこなのか。
その後の彼らが果たして自分の願い事すら忘れてしまっては、ハハハッ、私の知ったことではない。
今回は、そこの坊やがお客様だったんだが…。
オマケに付いてきたのがお前だったとは。まさかあの時の馬と一緒に現れた騎士だったとは。
随分とイイ男に成長したもんだから気がつくのに時間がかかったわい!
滅多に使わないから思い出しながら唱えるぞ……。」
そういうとカマルの時と違う呪文を唱え始めた。
キダイは、瞳を閉じて強く願った。
(カマルの記憶を返してくれ。)
カマルやユウとの思い出がなくなったとしてもきっとまた思い出を作ればいい。
きっとカマルが僕を導いてくれると信じてる。
そして僕もそれに応えるはずだ。
呪文が終わりゆっくりと瞳を開ける。
目の前には、変わらず魔女リーベルがいた。
|(リーベル…魔女…分かるぞ)
瞳で周りを見渡した。
変わらず星空の下にいるような空間
「どういう事だリーベル。
願い事を叶えてくれなかったのか?」
鋭い視線を魔女リーベルへ向けた。
何もかも変わっていない。
今こうしている状況も理解できている。
リーベルは、答えた。
「一度記憶を奪った者からまた記憶をもらっても面白くないし、お前はオマケでここに来ただけだ。
私の願いを約束する代わりに願いを叶えてやったのだ。
断ることは、できないはずだ。
坊やの願いを白紙にする事なんて容易な事だからな。」
キダイは、困惑した。
だが願いを叶えるために旅をして来たんだ。
カマルの喜ぶ顔が見たくて。
「分かった。その願いは、なんだ。」
魔女リーベルは、満面の笑みで
「わしをお前達と一緒に連れてってくれないか?わしも老いた。あちこち旅するのに疲れた。
残りの余生をのんびりと猫暮らしもいいでわないかと。」
「…猫だったんだ。」
キダイは、フッと軽く笑ったのだ。
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