第6話 新たな光


ゆっくりと馬は止まった。

体中が痛い。

手足を縛られ麻の袋に入れられて馬の背に乗せられていたのだ。

麻の袋が取り外され、大きく呼吸ができた。

逃げようとしたが両手が後ろで結ばれ自由が効かない。

愕然とした。

上を見上げて視界に入ってきたのは、アスワドだったからだ。

「何を驚いている。勇敢なアスワド様だ。

これから魔女のところへ行って願いを叶えてもらうのだ。この世界は、私のものになるのだ!そして私の妃になれるのだぞ。」

「そんなの、砂になったほうがマシだわ」

ファラーシャは、そう言って馬から飛び降りようとしたがその瞬間、アスワドに強く腕を引っぱられた。

そして恐ろしい程の低い声で

「いい加減におとなしくなったらどうだ。今ごろ奴のせいで皆、砂になっているだろう。もちろん奴もだ。」

「どういう事…」

「お前を奪い返そうとし…きっと追いかけてくるだろう…しかしそれを阻止しようとした兵と戦ってしまっているだろうな〜コレがどういう事を意味するか分かるか?」

ハッとしたファラーシャの顔をみてニタニタと笑うアスワド。

「月神との約束…」

呟いたファラーシャは泣き崩れてしまった。

アスワドに体を起こされ馬の背に座らされた。

「もはや抵抗する力も無くなったか?」

そう言って両手の縄をナイフで切り、両手が自由になったが逃げる気力もなくなってしまっていた。

「ようやくおとなしくなったか。逃げたとしても方向が分かるまい。

城に着くまでに砂になるだろうなぁ。

それより魔女に会って奴を生き返らせるか?ハハハ願いは一つだ…カウィを生き返らせることが出来てもファラーシャ、お前は砂になるぞ。

馬から落ちて死にたくなければしがみつけ。

アスワドが勢いよく馬を蹴ると馬は、走り出した。

|(ここから飛び降りたらすぐ死ねるのかしら。それともこの夜が終われば砂になるのよね…カウィと同じ砂に。お母様ごめんなさい。)

「……」

「…ァラ…」

微かに聴こえる。

アスワドにも聴こえたようで振り返る。

「まさか、どういうことだ。砂になっていないだと!もしやしくじったか!!」

後方から凄い勢いで追いかけてくるカウィの姿があった。

満月は、ただただ上から見ている。

カウィだけ・・乗せた馬は、アスワド達の馬に追いつき横に並んだ。

「ファラーシャ様!ご無事ですか!」

「カウィ!」

馬たちは、速度を落とすこと無くひたすら前に進む。

「アスワド!王女様を離せ!今すぐ馬を止めるんだ!」

アスワドは、カウィの方へ見向きもせず瞳だけカウィを捕らえ驚き喜ぶファラーシャの長く綺麗な髪を握りしめた。

「痛いわアスワド!何をするの!やめて!」

ファラーシャは、両手を馬の首から離しアスワドが握りしめ引っ張っている自身の髪を掴んだ。

「離してったら、離して!」

「大人しくしてろと言ったはずだ!ここから落としても構わないんだぞ!」

このままでは、ファラーシャが危ない。

馬から落ちてしまえば怪我だけでは済まないかもしれない。

カウィは、馬の速度を上げた。

アスワド達を追いこし前方を塞いだ。

突然の事にアスワド達の乗った馬は驚き前足を上げ立ち上がってしまった。

ファラーシャとアスワドは、馬から落ちてしまわないように必死にしがみついたが手綱を持っていなかったファラーシャは、馬から落ちてしまった。

だがその瞬間、カウィがしっかりとファラーシャを抱きかかえ馬に乗せた。

アスワドを乗せた馬は、驚いて興奮がおさまらず暴れている。

手綱を引き落ち着かせようとアスワドは、必死だったが馬はアスワドを振り下ろしてしまった。

砂漠に叩き落とされたアスワドは、少々気を失ってしまったようで動かなかった。

「いい子ね。もう大丈夫よ。心配ないわ」

「ごめんよ。突然目の前に現れたらそりや〜びっくりするよな」

カウィとファラーシャは、馬に乗ったまま、アスワドが乗っていた馬の周りを回りながらなだめた。

ようやくその馬は、落ち着きを取り戻し、おとなしくなった。

カウィとファラーシャは、ホッとし、お互い見つめ合いお互いの髪に触れ確認しあった。

「ウゥゥ…」

頭を押さえながらゆっくりと起き上がるアスワド、

「あの馬も砂になってしまうのよね」

アスワドが再び追いかけてくる可能性だってある。

急いでアスワドが乗っていた馬に飛び乗るとファラーシャに言った。

「ファラーシャ様、このまま真っ直ぐに行けば満月が言っていた闇市に間に合います。急ぎましょう。」

そういうと馬を走らせようとした。

ファラーシャもそれに続こうとした時、アスワドが叫んだ。

「ファラーシャ!お前の大事なネックレスだ。母親から貰った大事なものではないのか!!」

そう言ったアスワドの掲げた手には、王妃から貰った大切なネックレスが満月の光にあたり青白く輝いていた。

ファラーシャは、慌てて首元に触れた。

無い、

お母様から貰った、首飾りが無い。

いつの間にかアスワドにとられていたのだ。

「お母様から貰ったものだわ。」

ファラーシャは、馬の走りを止めた。

握りしめた右手を胸におき、幸せだった時間ときを思い出した。

(お母様、ごめんなさい。大切な首飾りを奪われてしまった。だけどココには、お父様お母様、今までの思い出は、しっかりあります。忘れはしません)

「カウィ、急ぎましょう!」

カウィは、満月を見上げた。

「わたくしが取り返してきます。ですから、わたくしを信じて先に闇市へ行ってください」

そう言い残し馬から降りアスワドの元へと歩み寄って行ったのだ。

|(私一人だけ行くなんて無理よ。そんなこと出来ないわ)

「カウィ!私は、大丈夫だから。」

しかし、カウィは、振り返らずアスワドのところに向かって行った。

ファラーシャは、ただただカウィを見守ることしか出来なかった、


「さぁ、それをよこすんだ。」

「さぁそれをよこすんだ?…ハイそうですか。と渡すバカがどこにいる…あぁ…ファラー…シャを…ファラーシャを連れてこい。…馬と一緒にだ。ココに…。」

頭を激しく地面に叩きつけたアスワドは、まだ意識がハッキリしていないようで頭を押さえながらゆっくりと立ち上がるが足元がふらついている。

「そんな状態では、私と闘えないぞ。」

カウィは、右手で剣を抜こうとしたがやめた。

こんな状態のアスワドでは、剣で闘う必要もないからだ。

カウィは、アスワドからネックレスを奪い返そうと近づいた時、足に痛みを覚えた。

痛みを感じた右足を見ると血がにじみ出ていた。

嘲笑うアスワド。

「騙したな。」

「騙した覚えはない。お前が勝手に油断したのが悪い。俺としたことが気が焦ってしまった、かすり傷で済んで良かったなあ〜」

そういうとアスワドは、剣でカウィに襲いかかってきた。

すかさずかわしたカウィも剣を抜き迎え討つ。

満月の光の中、剣の重なり合う音が響く。

カウィは、足が砂にとられてしまい思うように動くことが出来ない。

だがそれはアスワドも同じだった。

通常よりも体力を奪われる。

激しく剣を振りかざしお互い互角に戦っていたがアスワドがバランスを崩し後によろめいた。

その瞬間を狙って腰に剣を刺したのだった。

ポケットが破れ中から首飾りが出てきた。

すかさず剣の先に引っ掛けて奪い返す。

刺されたと思ったアスワドは、2、3歩後退りして刺された箇所を確かめたが痛くもないし、血も出ていない。

「首飾りか!」

カウィを見た。

「ファラーシャ様!!」

カウィは、そう言って剣から首飾りを取りファラーシャに向って投げた。

月の光に照らされてキラキラと煌めきながらファラーシャの元へと飛んでいった。

「ファラーシャ様、急いで街に向かうのです。私もすぐ追いかけます。さぁ急いで」

「クソ!行かすものか!」

アスワドが襲いかかってきたのを剣でかわす。

剣と剣が重なり合いお互い睨み合う。

「私一人なんて無理よ……。」

ファラーシャの元へと戻ったネックレスは、一層輝いて訴えかけているようだった。

|(ファラーシャ、カウィを信じるのです。そしてあなたは、一人じゃないわ)

「お母様……」

決心したかのように馬を走らせた。

|(カウィ、すぐに来て、貴方を信じるわ)


闘う二人は息を切らしながら一歩も譲らなかった。

カウィは、足元の砂がゆっくりと少しずつアスワドの方向へ流れていっているのに気がついた。

その変化にアスワドは、気付いていないようだ。

少しずつ少しずつアスワドから距離をおいて後退していった。

「アスワド、なかなかやるじゃないか。」

息をきらしながらゆっくりと気付かれないように。

アスワドは、声が出せないほど体力を奪われているようだった。

取り残された馬は静かにおとなしく待っている。

|(もう少しだ。)

アスワドに気付かれないように少しずつ馬に近づく。

「アスワド、今からでも遅くない、謝ったら許してやるよ。さっき頭を打って痛いだろう。もうこの辺で争いはやめよう。僕だって無駄に争いたくないんだ。今から城に戻れば砂にならずに済むぞ、そうだ!面白い話をしてやろうか?え~っとあれはいつの満月の夜だったか…」

「…」

|(気付かれたか!)

アスワドが駆け出すのと同時にカウィも馬に向って駆け出した。

「待て!カウィ」

「それは無理だね。」

あと少しで馬に辿り着ける。

そして手綱を掴んだその時だ。

追いかけてきたはずのアスワドの動きが止まった。

足が砂にとられ身動きができない様子だった。

ゆっくりとアスワドの足を砂が飲み込んでいく。

「カウィ、オレが悪かった。もう騙すこともしないから手を貸してくれ。」

足元の砂がある一定の方向に風が吹いていないのにまるで何かに吸い込まれるように移動している。

砂地獄

突然現れて地底に引きずり込むという。

落ちてしまったらどうなるかなんて誰も知らない。

もがくアスワドは、カウィへと手を伸ばしたが届くはずもなく、そのまま砂の中にのみ込まれてしまったのだ。

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