第9話 王冠と転校生 3

俺達だけが共有している大事件。

少し前、俺は幼馴染の薫とすれ違い、何度も何度も殺されて、その度に最初に殺された日の朝に時間が巻き戻った。

繰り返しの記憶を持っているのは俺と理央だけで、周りはそもそも出来事自体が無かったことになっているから、当然知りもしない。

でも、こんな荒唐無稽な話を信じる奴がいるか?

当事者の俺でも鼻で笑い飛ばすぞ。

むしろバカにするなと腹を立てるかもしれない、あの転校生野郎も侮られたと更にキレそうだ。


「問題ない、要は伝え方次第さ」

「例えば?」

「僕は君に愛猫を助けられ、今度は幼馴染との関係に悩んでいた君の相談に乗る形で恩を返した、それが切欠で僕らは親交を持つようになった」

「おお」


色々と端折っているが、嘘は一切ついていない。

流石だな、理央。


「加えて、交流を持ってみたら僕らは存外馬が合ったということにしておけばいいだろう」

「なるほど!」

「では、この前提で阿男の誤解を解くとしよう」

「了解したぜ」


ふう、話はひとまずまとまったか。

そういや今の時刻は、と、そろそろ三限目が始まる頃だな。

このタイミングで登校するのは微妙だ、いっそ今日はサボるか。

転校生野郎のツラを見たくないし。

理央はどうするつもりだろう、訊いてみるか。

―――取り敢えず、中身がすっかり冷めてしまったカップを持って台所へ向かう。


「それにしても」


ふと理央が言う。


「勧められるまま上がり込んでしまったが、僕を招いて問題なかったのか?」

「平気、平気、親は仕事で大抵留守だし、ばあちゃんも何年も前に死んじまったからさ、それに理央なら大丈夫」


不思議そうな理央に訳を説明する。

我が家に女性を連れ込んではならない理由ってやつを。


「俺の親父さ、昔は相当浮気者だったらしいんだ、それで最終的にキレた母さんと殺傷沙汰になりかけたらしい」


俺が生まれる前の話だ。

実際のところは分からないが、今の親父は完全に母さんの尻に敷かれている。


「で、自分の経験を糧にしろと、息子の俺にこう言った」

「なんだい?」

「健太郎、よく聞け、お前が生涯愛し抜いて共に生きると決めた女性以外を決して部屋に入れてはならない、我が家の敷居を跨げるのはお前の嫁になる人だけだ、ってな」


こんなことを言った親父は、かつて自室に不特定多数の女性を連れ込みエッチな行為に日々いそしんでいたらしい。

母さんと婚約後もその悪癖は一向に収まらず、とうとう業を煮やした母さんは包丁片手に現場へカチ込んだ。

親父はその時のことが今でもトラウマだそうだ。

この話を俺にしていた時、親父の後ろに立った母さんが笑顔で熱々のコーヒーを親父の頭からぶっかけて、幼い俺にまでトラウマを植え付けた。


「なるほど」


理央は興味深そうにしている。

人に聞かせられない家族の恥部だが、理央ならまあいいだろう。


「では僕は、君の希少なたった一枠に選ばれた、ということか」

「えっ、あ、うん、まあそうだな」


認識としては間違っていない。

理央は男だが、俺は理央に性欲を感じている。

同じ男でも薫とはわけが違う。


「健太郎」


理央が俺を呼ぶと同時に笛付きのケトルが沸騰してピーッと鳴いた。


「すまないが、僕はお嫁には行けないよ」

「おっ、おう」


分かってる。

お前は天ヶ瀬家の跡継ぎだし、なにより男だからな。


「だが、婿なら取れる」

「ふぁッ!?」


持ち上げたヤカンを落としかける俺に「大丈夫か?」と声を掛けて、理央は不意にクスクスと笑う。

もしや、またからかったのか?


「やはり君は純朴だね」

「おい理央!」

「ハハッ、ごめんごめん、君の反応が面白くてつい、怒らないでくれ」


ったく、可愛いから許すが?

今度はコーヒーを淹れたカップを持ってリビングに戻る。


「それで、どうする? 今日はこのままサボっちまうか?」

「いや、登校しよう」


理央がそう言うなら。

でも午後からでいいだろう、今更急ぐ必要もない。


「だったら昼飯食ってからにしようぜ、俺作るからさ、食っていけよ」

「いいのか?」

「おう」


理央に飯を作ってやりたいし。

冷蔵庫の中に何があったかな。


「リクエストはあるか? 材料が揃ってれば作ってやれるぞ」

「へえ、凄いね」

「そういや聞きたかったんだが、理央の好物ってなんだ?」

「僕かい?」


少し考えるそぶりの後で、理央はぽつりと答える。


「魚料理が好きかな」

「おお、魚!」


俺も魚料理は好きだ。

焼いても煮ても揚げても美味いよな、勿論刺身も大好物だ。


「それじゃ赤魚を焼いてやるよ、半身があるんだ、冷凍だけどな」

「そうか」

「あとはみそ汁、炊き込みご飯も作ろうか、それからおひたし、昨日の残りの煮物もあったな、副菜は里芋の」


献立を考えつつ冷蔵庫を漁る。

そういえば朝飯もまだだった、昼には少し早いが作っちまおう。

食って登校しても午後の授業には十分間に合う。


「よーし」


早速制服のシャツの上からエプロンを着けて、台所に立つ。

赤魚を解凍しつつ、他の料理の下拵えに取り掛かった。


「ああ、理央、出来るまで適当にしてくれ、好きに過ごして構わないぞ」

「分かった、有難う」


理央は辺りを窺い、ソファから立ち上がって庭に面したサッシ戸の方へ歩いていく。

テレビとかつけないのか? 外なんか眺めても別に面白くないだろ。


「理央?」


声を掛けつつリビングへ行ってテレビをつける。

動画配信サイトを呼び出してリモコンを渡そうとすると、少し困った顔をされた。


「その、機器の使い方が分からない」

「えッ」

「こういう道具は家の者が扱うから、僕は触れたことがないんだ」

「おお」


金持ちはテレビも使用人が操作してくれるのか。

取り敢えず理央をソファに座るよう促して、一緒に適当な映画を選び、再生する。

ちょっと恥ずかしそうに「有難う」なんて礼を言う理央の姿はプライスレスだ。

凄く可愛い。

ギュッて抱きしめたくなる。


また台所へ戻り、料理をしつつ対面型のカウンター越しにリビングで映画を視聴する理央の様子を窺った。

楽しんでいるみたいだな。

こういう雰囲気なんかいい。

俺が料理して、理央は寛いで、ちょっと家族みたいじゃないか?

理央の婿か。

男同士でもいいなら立候補したい、せめて天ヶ瀬を継ぐ理央の補佐としてでもずっと傍にいられたらな。


でも、理央は俺をどう思っているんだろう。

男同士なんて気持ち悪いとか、趣味じゃないなんて言われちまうかな。

この想いを知られたら今の関係が壊れるかもしれない。

そう思うと怖くて踏み出せない。

薫の気持ちも今なら分かる、片想いはつらいよな。

俺が言うのは調子がいいか。

ごめん、薫。

応えてやれなくて、それだけは今もすまないと思っている。

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