幸福旅館 福廊

氷霞 ユキ

第1話 ねむりねこ

ここは、お客様に幸せを届ける不思議な旅館ふくろう福廊

どこにあるかは分からない。

しかし誰でも訪れることのできる素敵な場所でございます。

ただ、訪れたお客様には一つ条件がございます。

当旅館はお客様のご要望を必ず叶えるため

巨大な門の横にありますインターフォンから

お話しをお伺いしたく、お顔ももちろん確認をしながらお客様のお望みを必ずご提供いたします。

必ず…ね。


西城さいじょうさ〜ん!お客さん全然きませんね。」

「そんなことはないだろ…我々のフロアが静かなだけだよ東城とうじょう


私たちの業務はここ福廊ふくろうの受付係。

私、東城がお客様のお話しを聞き、横にいる西城さんは補助役のちょっと気難しい先輩だ。

毎回、様々なお客様がお越しになるこの福廊は毎晩、宿泊と何かを届けている。


「今日の残りのお部屋はどれぐらいなんですか?」

「ちゃんと把握をしておけよ…あとお一人だ」

「そうでした!そうでした!あとお一人、埋まれば満室ですね!」

「もう、灯りを落としてもよいと思うんだがね…あのオーナーめ…」


当旅館の運営社訓にはお部屋を常に満室にというものがあり、西城さんはいつもそれに頭を抱えていた。


「まぁまぁどうせすぐ埋まりますよ」


私たちの関係はこんかもので特に不仲なこともない。

むしろ西城さんは私にたまにおやつを買ってきてくれるくらいには優しかったが、それが感情や表情にそれがでないのだ。


「ん?どうした?」

「なんでもありません!さ、書類整理のお仕事もしないと」


今日のお客様の宿泊名簿に目を通しながら日々の日誌の記載や苦情の管理など受付以外にもやることは山積みである。

この旅館に入室してしまえば、お客様の幸福は叶ってしまったも同然なので苦情と言ってもそれは些細なことでしかない。

それよりも問題なのは西城さんが気にされていたあと一人のお客様を迎えなければ私たちも帰れないということだった。


(ピーンポーン)


「あ、西城さん!お客様ですよ!」

「慎重にな。俺はとりあえずみてるから」


私はインターフォンが鳴ったのを確認すると椅子に座り、横にある端末から外の様子を見た。


「いらっしゃいませお客様。ようこそ福廊ふくろうへ」


画面には黄色い瞳の黒猫が映っていた。


「ニャーオ…」


猫は鳴いたが私としては相手が人でなかったため、一度マイクの電源を切った。


「西城さん!どうしましょぅ…人じゃありません〜」

「落ち着け…人じゃなくても油断はするな。入室されているお客様にも人外部屋はあるだろ」


当旅館には西城さんの言う通り、稀に人外も宿泊する。

霊体、神、異形の妖怪などここからは見えないお客様は別の入り口から回って頂き、異形係いぎょうかかりという部署の審査のもと入室が判断されていた。


「あ、そうでした!そうでした!えっと…今回は…見えるのでこちらの管轄ですね…」


私はもう一度、マイクの電源を入れて呼びかける事にした。


「あのぉ〜…お客様、失礼ですが言葉は分かりますか?」


すると画面越しの猫はゆっくりと口を開いた。


「うむ…」

「うわっ!喋った!西城さん喋りましたよ!この猫!」

「東城…お客様に驚くな。ちゃんとお話を聞いてさしあげろ」

「は、はい…お客様御名前はありますか?」

「名前か…そうだなぁ」


当旅館では、お客様の入室判断にあたり少しの情報を伺う必要がある。

名前、性別、宿泊料金の有無、大抵の場合はこれぐらいの少ない情報と何より必要な幸福へのご要望を伺わなくてはならない。


「ワガハイだ。」

「ワガハイ?」

「わがままだからな。何をすれば入れる?」


猫の言葉はどんどんと流暢になり私は呑まれそうになっていたが言葉に詰まると西城さんが間に入ってくれた。


「当旅館の…おもてなしはご宿泊を基本としたお客様の幸福を必ず叶える場所でございます。」

「必ずねぇ〜」

「そ、そそそうなんですよ!お客様!ご要望はありますか?」


画面越しの猫は私に呆れてあくびをすると少し考えた。


「男の声のほうが落ち着いてるな」

「新米なもので…ははは」

「眠れないんだ。寝たい…とにかくずっと」


不思議な要望に私も西城さんも驚いたがこんな要望は別にめずらしくはなかった。

私は、西城さんの顔を少し見て頷いたのを確認するとワガハイに聞いてみる決意をする。

「お客様、失礼ですが…その死にたいと?」

「驚いたなぁ死も提供しているのかここは」

「えぇ…詳しくは話せませんがあいにく、その部屋はもう満室でして」


ワガハイの目は少し虚ろになりながらもこう返してきた。


「別に…死にたい訳じゃない」

「では、ずっと寝たいというのは?」

「飽きたんだあるじにも世の中にも」


ワガハイはそう言うと自分のこれまで過ごした日々を語り始めた。

古風な屋敷に住む主にも拾われたワガハイはなに不自由なく暮らしてきたというしかし、それまでの過去の記憶はなく、拾ってくださいと書いてある箱に入って屋敷の前に捨てられていたらしい。


「飼い主様のお側にいれば幸せではなかったんですか?」

「外に…出てしまったんだ。」

「はい?」

「そしたら…その…帰り道が分からなくなってなあるじの顔も忘れたんだ。」

「それはその…お、お気の毒でしたねぇくっふふ」

「東城…!」


本能的に体が何かに引き寄せられ最終的には迷って帰れなくなった猫のようだったがワガハイの顔はどこかまだ暗そうだった。

あるじとはもう遊べない。あるじの元へも帰れない。なんて馬鹿なんだ私は」

「まぁまぁ落ち着いてくださいよ〜」

「要するにそんな自分から目を背けるために寝ていたいと?」

「そうなのかもしれん…」

あるじには会いたいがどこを探したらいいのかも分からないし歩き疲れたとワガハイは悲しそうな顔をした。

「なるほど、分かりましたおっとその前に」

「ん?どうしたんですか?西城さん」

「お客様、お支払いはどうなさいますか?」

「金か…まったく人間は」

「すいませんね…決まりなもので」

ワガハイは、少し悩んでいたが払える金品などは持ち合わせていなかった。

「私から言葉を奪え、それか命で払う。死にたくはないが眠りたいからな」

「そんな、お客様のお命を要望でもないのに奪うのはいけません!」

「私はずっと休みたい眠りたいだけなのに…」

恐らくこの猫の目的は、飼い主である存在に会うことなのだがあくまでも私たちはお客様を入室させてからご要望を叶える事をしている。

そのため、この時点でご要望を叶えることはできないのだ。


「お引き取りだな」

「だめか…私の願いは」


ワガハイが落ち込むのを見て私はひらめいたのである。

「西城さん…この子を入れましょう!」

「はぁ?!入れられないって納得してたじゃないか」

「私も…私も帰りたいんです!」

「え?」

「四十八時間ですよ…?」

「にゃにが?」

「お客様…我々も出られないんです。」


そう、当旅館の運営社訓にあるお部屋を常に満室にというのには続きがある。

それまでは、従業員の灯りを落とさず受け付けは何時までもお客様を待ち続けること

こう書いてあるため、受付係は常に旅館の全ての部屋が満室となるまで旅館の外には出られない。

出ようとすれば制服に貼られたお札の力によって自分の居るべき受付の場所へ戻されてしまうのだ。

ちなみに西城さんはこの原理を利用してトイレ休憩やおやつを買って戻ってくる時に利用している。


「大変なんだな…お前らも」

「あと一人で満室、ここまで四十八時間!」

「まぁ…確かにしんどくはなってきたよなぁ」

「東城ミコト、お先に失礼させて頂きます!」

「しかしどうするんだ?お金が払えない、要望も叶えられない。これじゃそもそも入室できないだろ」

「お客様…いえワガハイ様?」

「にゃ?」

「あなた…おかしくありませんか?」


私は憶測で推理をはじめる。


「そもそも、捨てられていたのではなくて、捨てられたのではないですかね?」

「な…そ、そんなの!わかからないじゃないか!」

「ええ、分かりませんともだから憶測なんですよ」

「おい東城、お客様の過去に介入するのはルール違反だからな。縁も結べなくなる。」


旅館にお客様を入れる際には最終的にこの旅館との合意である縁を作らなければならない。

しかしそれを旅館側から提供することは禁じられている。


「まぁ西城さん、それをお客様に言ってもらえば…何の問題もないですよね?」

「まぁ…確かに」

「屋敷の前にわざわざ拾ってくださいなんて書いておいておきますかねぇ普通」

あるじはあなたを大切にしていたかも知れませんが、あるじの家族があなたを捨てたんだとしたら?」

「じゃ…じゃあどうすればそれが本当なら!」

「迷ってしまったのはお客様ですよ」


そして私はいつものようにこう締めくくるのです。

当旅館は、お客様のお望みを必ずご提供いたします。と


「さ……寂しいです。助けてください…にゃ」

「ご要望、承りました!」


大きな音を立てながらゆっくりと開き始める。


「たくっ…お前ってやつは」


頭を抱える西城さんを見ながら私は背伸びをして体を伸ばした。

旅館の門は私たち従業員の判断では開かない。

お客様の情報と対価、そしてお客様のご要望があれば、旅館とお客様を繋ぐ縁ができて門が開く仕組みのような気がしている。


「しかし…対価が労働ってなにさせる気だよ」

「招き猫…とか?」

「黒猫だぞ」

「私、見回りの時に一攫千金って首輪作って付けに行きますね!」

「はぁ…商売繁盛とかにしてくれ…」


なにはともあれ、満員御礼。


旅館の灯りは消え始め数時間の間、静寂が訪れる。

ワガハイさんはあの後、旅館内でのお世話などを担当するお宿やど係りに引き取られ、広いお部屋でスタッフに囲まれながら一夜を過ごしたそうな。

「お疲れ、やっと終わったなぁ゙東城」

「ほんとですよ〜二班交代制じゃなかったら死んでました」

「なんだかんだ言う割にはめげないよなぁお前、何で?」

「だって素敵じゃないですかお客様の幸せを必ず叶えるんですから、絶対に寿退社してやる…!」


ここはお客様に幸せを届ける

不思議な旅館ふくろう福廊。

客室のお部屋は常に満員御礼、お客様のご要望は必ず叶えさせていただきます。

必ず…ね。


受付係 東城 ミコト、西城 レン

めでたく、退勤。

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