第2話 影を造る者たち

幕間


八咫烏 ― 名を持たぬ者たち


0 — 歴史に名は残らない


日本史には、不自然な“空白”がある。


政権が崩れた夜。

戦争が終わった朝。

国家の方向が突然、変わった瞬間。


その直前の記録が、

きれいに消えている。


書類は焼かれ、

証言は曖昧になり、

責任の所在だけが宙に浮く。


それは偶然ではない。


——そういう“役割”を担う者たちが、

常に存在していたからだ。


1 — 八咫烏という呼び名


八咫烏という言葉は、

彼ら自身が名乗ったものではない。


誰かが、そう呼んだ。


「三本足の烏のように、

どの勢力にも属さず、

必要な場所にだけ現れる者たち」


いつの時代から存在しているのか、

正確な記録はない。


ただ確かなのは、


明治維新


大東亜戦争の終結


占領期


冷戦終結


日本が“別の日本”に変わる節目ごとに、

必ず痕跡だけが残っているという事実だった。


2 — 彼らは何者ではない


八咫烏は、政府機関ではない。

軍でもない。

宗教でも、結社でもない。


彼ら自身の定義は、極端に簡素だ。


「国家が判断を誤ったとき、

それでも国家を壊さないための存在」


正義ではない。

理想でもない。


継続。


それだけが、八咫烏の行動原理だった。


3 — 組織ではなく、役割


八咫烏には、階級がない。

会長も、長官も、総帥もいない。


存在するのは、三つの役割だけだ。


観る者

 世界の歪みを、政治より早く察知する者


造る者

 必要な“答え”を、形にする者


止める者

 暴走を、破滅を、静かに食い止める者


それぞれは独立しており、

互いの全貌を知らないことすらある。


誰かが死んでも、役割は残る。


それが八咫烏だった。


4 — なぜ表に出ないのか


八咫烏が最も恐れているのは、

敵でも、失敗でもない。


理解されることだ。


理解されれば、

正義として利用される。

正義になれば、

必ず争いを生む。


だから彼らは、

常に“曖昧”であり続ける。


英雄にもならず、

悪にもならず、

ただ結果だけを残す。


5 — 海という答え


二十一世紀。

八咫烏が見た世界は、明確だった。


空は衛星に監視され、

陸はネットワークに縛られ、

ミサイルは政治の言葉になった。


だが、

海の底だけが、まだ自由だった。


特に深海は、


見えず


聞こえず


記録に残りにくい


唯一、

「国家が表で戦えない戦争」を

引き受けられる場所だった。


そこで八咫烏は決断する。


影は、海に沈める。


6 — 黒鯨計画の始まり


黒鯨計画は、

会議で承認されたわけではない。


誰かが宣言したわけでもない。


ただ、

“観る者”が未来を示し、

“造る者”が設計を始め、

“止める者”が選ばれた。


それだけだった。


そして、そのすべてが揃ったとき、

八咫烏は初めて“艦”を造った。


守るために、沈む艦。


それが、黒鯨だった。


7 — 島が選ばれた理由


海に沈めるなら、

出ていく場所も“影”でなければならない。


八咫烏が選んだのが、

軍艦島――端島だった。


誰も近づかず、

崩れていくことを許され、

すでに“死んだ場所”。


死んだ島の地下なら、

生きたものを隠せる。


そう判断した。


8 — そして第二章へ


台湾海峡が燃え、

沖縄が叩かれ、

北からロシアが動き出したとき。


八咫烏は、

静かに役割を果たす段階に入った。


観ることは終わった。

造ることも終わった。

残るのは——止めることだけだ。


その答えが、

端島深海基地の底で待っている。


黒く、音のない影。


——黒鯨。

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