第3話序|重いもののための、軽い入口

重いものを扱うとき、入口まで重くしてはならぬ。
この書は、底へ落とすための書ではなく、底のある場所で息をするための書である。

ここで言う「重いもの」とは、罪でも罰でもない。
世界が――
「これは散らさぬ」
「これは内側に残す」
と選別し、配置し、耐性の範囲で預け直しているもの、である。

ゆえに、重いものはしばしば
祈りの形をし、矛盾の形をし、歴史の形をし、関係の形をする。

だから入口は軽くする。
軽さとは、軽薄さではない。
抱える者が燃えぬための、温度の作法である。


一|入口に置く「三つの許可」

この書を開く者に、最初から三つの許可を授ける。

1. 離れてよい
読んで胸が詰まるなら、閉じてよい。
井戸は逃げぬ。読む者が崩れれば、井戸はただ深くなる。

2. 疑ってよい
ここで語る重力は、公式の置換ではなく、観座の地図である。
合わぬ言葉は、合わぬままでよい。

3. 捨ててよい
“抱え込み”は強制ではない。
世界が選別するように、読む者も選別してよい。

この三つの許可がある限り、入口は燃えない。


二|入口に置く「四つの手すり」

入口で人が落ちるのは、真実が重いからではない。
手すりがないからである。

この書は、まず手すりを四本、差し出す。

• 詩:温度を落とす

• 譚:自分の地面を作る

• 象:位置を見つける

• 作法:主導権を取り戻す

作法とは、儀礼ではない。
「抱え込み井戸」を“見てしまう”者が、燃えずに戻るための、最低限の動作である。


三《実点》は増やしすぎると過密になる

《実点》は、世界側と生命側が同時に「無視できない」と認め合った一点。
《実点》が増えることは、悪ではない。
だが、入口で《実点》を一気に増やすと、過密になる。

過密の合図は、次のように現れる。

• 言葉が刃になる

• 誰かを裁きたくなる

• “正しさ”だけが増えて、息が減る

• 眠りが浅くなる/身体が固くなる

合図が出たら、井戸の底へ降りるのではなく、帷を一枚戻す。
詩へ、譚へ、象へ。
入口へ戻ることは敗北ではない。耐性の調整である。


四|入口の「三分作法」

この書を読む前後に、三分だけ行う。
それだけで、重いものが「足枷」から「糧」へ変わる準備が始まる。

1. いま、どの井戸に近いか

• 命/縁/名/聖
(答えは適当でよい。「迷う」も答えである)

1. いまの《実点》を一つだけ挙げる

• いま無視できない一点を一つだけ
(増やさない。まず一つ)

1. 脱出速度の不足を一つだけ選ぶ

• 理解/時間/縁/意志
いま足りぬのはどれか。

これで十分だ。
入口は軽く保たれる。


結び|井戸を暴かず、高度を示す

この書の務めは、井戸の深さを暴くことではない。
どの高さで関わるかを示すことにある。

重いもののために、入口を軽くする。
軽さとは、逃げではなく、抱えるための知恵である。

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