第10話 「沈黙のあと」
第10話 「沈黙のあと」
【ブロック1|数十年後の朝】
朝の鐘は、同じ音だった。
昔と変わらない。
高く、澄んで、町に広がる。
だが、集まる人の顔は違う。
若い者が増え、
老いた者が減った。
広場は、少し広く感じられた。
【ブロック2|もうない裁判】
「……ここで、やってたんだよな」
若い男が言う。
「何を?」
「魔女裁判」
連れの女が、眉をひそめる。
「昔の話でしょ」
「そう。でも……」
男は言葉を探す。
「この辺、空気が重い気がしない?」
女は肩をすくめた。
「気のせいよ」
【ブロック3|消えた儀式】
杭はない。
縄もない。
薪もない。
代わりに、
花壇がある。
小さな木が植えられている。
誰が植えたのか、
誰も知らない。
【ブロック4|残った紙】
役所の奥。
埃の匂い。
古い紙の匂い。
書庫の中で、
男が帳簿をめくっている。
「……ここだ」
ページを指でなぞる。
「“処刑。魔女。女。名、記載なし”」
男は、舌打ちする。
「名前も書かないなんて……」
【ブロック5|フリードリヒの文字】
別の棚に、
薄い冊子がある。
黄ばんだ紙。
滲んだインク。
男が、声に出して読む。
「――私が見た魔女は、一人もいなかった」
その一文で、
指が止まる。
「……これ、誰が書いたんだ?」
「イエズス会の司祭だって」
「正しかったのか?」
「さあ……」
【ブロック6|言われる言葉】
町の酒場。
夕方の匂い。
煮込みと、酸っぱい酒。
老人たちが、昔話をしている。
「魔女狩り?
ああ……あれは、間違いだったな」
「みんな、怖かったんだ」
「仕方なかった」
「時代が悪かった」
言葉は、軽い。
皿を拭く布みたいに、
すっと拭って終わり。
【ブロック7|誰も謝らない】
「でも……」
若い女が言う。
「誰か、謝ったの?」
老人は、笑った。
「誰に?」
その問いが、
宙に浮く。
「……そうだな」
誰も、続きを言わない。
【ブロック8|アンナの名】
墓地の隅。
苔の匂い。
湿った土。
古い墓標が並ぶ。
名前の読めない石。
男が言う。
「アンナ……って、いたんだよな」
「いたらしいね」
「墓は?」
女が、首を振る。
「記録に、残ってない」
【ブロック9|助けられた人々】
町の片隅で、
年老いた女が咳をしている。
若い看護人が、薬草を煎じる。
「昔、この草を使う女がいたって」
看護人が言う。
「効いたらしいよ」
女は、目を閉じて言った。
「……名前は?」
「知らない」
【ブロック10|沈黙の重さ】
夜。
風が吹く。
木の葉が擦れる音。
昔と同じ音。
だが、
言葉が、足りない。
謝罪も、
名も、
墓標も。
すべて、
沈黙に包まれている。
【ブロック11|記憶の形】
フリードリヒの文書は、
再び棚に戻される。
「貴重な資料だ」
「歴史だ」
男たちは言う。
だが、
誰も声を落とさない。
誰も、
胸を叩かない。
【ブロック12|アンナの不在】
アンナの家があった場所。
今は、別の家。
子どもが走り、
犬が吠える。
誰も、
ここで誰が生きていたかを
知らない。
【ブロック13|語られない謝罪】
「かわいそうだったね」
誰かが言う。
「ひどい時代だった」
それで終わる。
「ごめんなさい」は、
どこにもない。
【ブロック14|語り手の声】
もし、
アンナがここにいたら。
もし、
彼女の声が届いたら。
彼女は、
きっと責めない。
それが、
いちばん残酷だ。
【ブロック15|沈黙の意味】
夜が、町を包む。
灯りが、ひとつ、またひとつ消える。
誰も、
彼女の名を呼ばない。
誰も、
彼女に謝らない。
【ブロック16|ラスト】
沈黙は、
無罪を証明しなかった。
ただ、
歴史を汚しただけだった。
沈黙は、
無罪を証明しなかった。
ただ、
歴史を汚しただけだった。
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