第9話 「火刑の日」

第9話 「火刑の日」


【ブロック1|朝の空】


空は、青かった。

不自然なほど、澄んでいた。

雲がなく、風も弱い。


アンナは、それを見て思った。


――今日は、燃える日だ。


理由は分からない。

ただ、身体が知っていた。


【ブロック2|杭】


杭は、すでに立っていた。

新しい木。

削られたばかりの匂い。

樹脂の甘さが、鼻に残る。


「立て」


背中を押される。


アンナは、足を踏み出した。

石畳の冷たさが、足裏に伝わる。

その感覚が、なぜか懐かしい。


【ブロック3|縛られる】


縄が、胸に回される。

ぎゅっと締められる。


「……苦しい」


小さく言うと、

後ろの男が、事務的に答えた。


「すぐ慣れる」


慣れる。

その言葉が、ひどく遠い。


【ブロック4|群衆】


顔が、見える。

ひとつひとつ。


グレーテ。

市場の女。


ハンス。

帽子を脱いでいる。


その妻。

子どもを抱いている。


――助けた顔だ。


熱を下げた子。

痛みを和らげた腹。

夜、眠れるようにした母。


アンナの胸が、静かに痛む。


【ブロック5|目が合う】


ハンスと、目が合った。


一瞬。


すぐ、逸らされる。


アンナは、声を出した。


「……ハンス」


名前は、風に流れて消えた。


ハンスの肩が、わずかに揺れる。


【ブロック6|言葉】


誰かが、アンナに向かって言った。


「あなたは……」


声が震えている。


「あなたは、説明できなかっただけだ」


アンナは、その声の主を見る。

かつて、夜中に呼びに来た女だ。


「それだけよ」


女は、自分に言い聞かせるように続ける。


「ちゃんと説明してくれたら……

こんなことには……」


説明。

その言葉が、胸に落ちる。


【ブロック7|理解】


アンナは、思った。


――そうだ。

――私は、説明できなかった。


泣かなかった理由も。

黙った理由も。

一人で立っていた理由も。


説明できなかった。


それが、

ここに立っている理由だ。


【ブロック8|声を求められる】


マティアスが、前に出る。


「最後に、何か言い残すことは」


群衆が、息を止める。


ここで、呪えばいい。

ここで、叫べばいい。

ここで、責めればいい。


皆が、そう期待している。


【ブロック9|沈黙】


アンナは、口を開く。


……閉じる。


言葉が、浮かばないのではない。

言葉にしても、届かないと分かっている。


だから、選ぶ。


【ブロック10|最後の言葉】


アンナは、静かに言った。


「私は……」


喉が、少し震える。


「誰も、呪いません」


ざわめき。


「神も……」


一瞬、考えてから言う。


「人も」


【ブロック11|炎】


火が、入れられる。


ぱち、と音がする。

乾いた木が、鳴る。


熱が、足元から上がる。

空気が、歪む。


煙の匂い。

樹脂の匂い。

焦げる音。


【ブロック12|視界】


視界が、揺れる。


群衆の顔が、ぼやける。

誰かが泣いている。

誰かが祈っている。


アンナは、目を閉じた。


【ブロック13|思い】


――私は、

――何も奪わなかった。


――ただ、

――生きようとしただけだ。


その思いが、

熱の中で、静かに残る。


【ブロック14|呪わない選択】


痛みが、すべてを覆う前に、

アンナは、最後に思った。


――呪えば、

――少しは楽だったかもしれない。


――でも。


――私は、

――あなたたちと、同じになりたくない。


【ブロック15|炎の向こう】


炎は、声を奪う。

形を奪う。

だが、選択は奪えない。


アンナは、最後まで、

誰も呪わなかった。


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