第8話 「疑う者」
第8話 「疑う者」
【ブロック1|処刑の朝】
朝の空は、やけに澄んでいた。
雲がなく、音も少ない。
こういう日は、物事がはっきり見えてしまう。
杭が立てられ、薪が積まれる。
乾いた木の匂い。
樹脂の甘さが、鼻につく。
フリードリヒは、少し離れた場所に立っていた。
黒い修道服。
胸に下げた十字が、陽を反射する。
「……まただ」
誰に向けた言葉でもない。
ただ、口から落ちた。
【ブロック2|数える祈り】
祈りが始まる。
声が重なり、波になる。
「主よ……」
フリードリヒは、祈りの言葉をなぞりながら、
心の中で数を数えていた。
一人。
二人。
三人。
――今日で、何人目だ。
答えは、もう出さない。
出した瞬間、何かが壊れる気がした。
【ブロック3|炎】
火が入る。
ぱち、と音がする。
薪がはぜる。
熱が、頬を撫でる。
それほど近くはない。
それでも、逃げ場のない熱。
「……神よ」
隣の司祭が呟く。
「どうか、魂をお救いください」
フリードリヒは、頷かなかった。
頷けなかった。
【ブロック4|見ている顔】
群衆の顔。
泣く者。
祈る者。
目を伏せる者。
そして、
見つめる者。
「これで……安心だ」
誰かが言う。
「町が、清められる」
清め。
その言葉が、フリードリヒの胸に沈む。
――何が、どこから、清められているのだ。
【ブロック5|戻る夜】
その夜、フリードリヒは宿舎に戻った。
部屋は狭く、静かだ。
蝋燭に火を灯すと、影が壁に揺れる。
机の上には、白い紙。
何も書かれていない紙。
彼は、椅子に座り、
手を見つめた。
震えている。
【ブロック6|言葉にならない】
「……主よ」
祈ろうとする。
だが、言葉が続かない。
頭の中に浮かぶのは、
今日の顔。
昨日の顔。
もっと前の顔。
叫び。
咳。
沈黙。
どれも、
“魔女”の顔ではなかった。
【ブロック7|問い】
フリードリヒは、机に額をつけた。
「もし……」
声が、紙に吸われる。
「もし、彼女たちが……」
続きが言えない。
神を疑うことと、
人の行為を疑うこと。
その違いが、今、分からなくなる。
【ブロック8|筆を取る】
ゆっくり、彼は筆を取った。
インクの匂いが、立ち上る。
「私は……」
一行目で、止まる。
書くことは、
祈るよりも、重い。
それでも、筆を進める。
【ブロック9|書かれる言葉】
「私が、これまで立ち会った裁きにおいて」
ペン先が、紙を擦る音。
それが、やけに大きい。
「真に魔女と呼べる者を」
フリードリヒは、深く息を吸った。
【ブロック10|決定的な一文】
「――一人も、見なかった」
書いた瞬間、
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
同時に、恐怖が来る。
この一文が、
何を意味するのか、
彼は分かっていた。
【ブロック11|孤独】
「誰にも、読まれないかもしれない」
フリードリヒは、独り言のように言う。
「読まれたら……」
その先は、言わない。
疑う者は、
常に孤独だ。
群衆の外に立ち、
神と人のあいだで、宙に浮く。
【ブロック12|小さな抵抗】
それでも、筆は止まらない。
「もし、この裁きが続くなら」
インクが、少し滲む。
「町は、いずれ人を失う」
「信仰は……」
彼は、少し考え、
言葉を選ぶ。
「信仰そのものが、壊れる」
【ブロック13|夜明け前】
書き終えた紙を、重ねる。
束にする。
外では、夜明け前の風が吹く。
冷たいが、澄んでいる。
フリードリヒは、窓を開け、
深く息を吸った。
――小さな声でもいい。
――残らなくてもいい。
それでも、
疑いは、書かれた。
【ブロック14|理性の声】
遠くで、鶏が鳴く。
新しい朝の音。
フリードリヒは、十字に触れ、
静かに言った。
「神よ」
間を置く。
「どうか……
人が、人であることを、
忘れませんように」
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