第5話 「悪魔の印」

第5話 「悪魔の印」


【ブロック1|広場に戻される】


女たちは、再び広場へ連れ出された。

石畳は乾いているのに、空気は湿っている。

人の体温と、好奇心と、恐怖が混じった匂い。


「並べ」


短い命令。

女たちは、黙って並ぶ。

黙ることに、もう慣れ始めている自分に、アンナは気づいてしまう。


【ブロック2|視線】


視線が、肌に触れる。

触れるというより、撫で回す。


「見るな……」


誰かが小さく言った。


「見るなって言われると、見たくなるもんだ」


男の声。

笑い声。

それは、刃物よりも冷たい。


【ブロック3|宣告】


マティアスが、一歩前に出る。


「悪魔は、契約の証を残します」


本を開く音。

紙の乾いた擦れ。


「それは、痛みを感じない箇所。

血の出ない印」


アンナの喉が、ひくりと鳴る。


「今から、それを確認します」


【ブロック4|剥がされる】


「……服を」


命令が落ちる。


「全部だ」


一瞬、空気が止まる。


「ここで?」


女の声が、震える。


「公衆の面前で行うことに、意味があります」


意味。

その言葉が、アンナの耳で歪む。


【ブロック5|最初の女】


最初の女が、引き出される。

背中が、小さく揺れている。


布が、引き剥がされる音。

ぱさ、と軽い音なのに、胸が痛む。


「やめて……」


「動くな」


【ブロック6|剃る音】


刃の音。

しゃり、しゃり。


体毛が剃られる。

髪ではない。

生き物として残してきたものが、削ぎ落とされる。


「こんなところに……」


男の声が、興味深そうに言う。


【ブロック7|針】


針が、光る。

細く、冷たい。


「刺します」


説明は、丁寧だった。


「痛まなければ、悪魔の印です」


アンナは、思った。


――痛みを感じないほど、

――人は、恐怖で麻痺する。


【ブロック8|声】


「……っ!」


女の体が、跳ねる。


「痛い! 痛い!」


血が、にじむ。


「ここは違う」


別の場所。


「……ああっ!」


「血が出た。違うな」


違う。

違う。

違う。


その言葉が、女を否定しながら、

同時に次の場所を探す。


【ブロック9|アンナの番】


「次」


アンナの名が、呼ばれる。


足が、前に出る。

出てしまう。


布が、引かれる。

空気が、肌に触れる。


冷たい。

恥ではなく、剥き出しの感覚。


【ブロック10|見る目】


誰かが、息を呑む。


「……痩せてる」


「年の割に……」


言葉が、勝手に並べられる。


アンナは、石畳を見つめた。

模様を数える。

数えないと、壊れそうだった。


【ブロック11|刃が触れる】


刃が、肌を撫でる。

音だけが、残る。


しゃり、しゃり。


アンナの腕が、震える。


「動くな」


声が、すぐ近い。


【ブロック12|刺される】


針が、刺さる。


「……っ」


痛い。

はっきり痛い。


「血が出た」


次。


また刺される。


また、痛い。


「ここも違う」


【ブロック13|“証”】


針が、古い傷に触れた。


――あ。


一瞬、感覚が鈍る。

昔、鍋で火傷した跡。

何年も前のこと。


「……痛がらない」


誰かが言う。


アンナは、声を出そうとして、出なかった。


「ここだ」


【ブロック14|決まる】


「悪魔の印」


その言葉が、落ちる。


群衆が、ざわめく。

納得したような音。


アンナは、思った。


――これは、印じゃない。

――私が生きてきた跡だ。


【ブロック15|崩れる】


布が、投げ返される。


「終わりだ」


終わり。

そう言われて、何が終わったのか、分からない。


尊厳?

身体?

言葉?


全部、もう形がない。


【ブロック16|理解】


アンナは、布を握りしめながら、確信する。


――ここでは、

――生き延びた証が、

――そのまま罪になる。


ほくろ。

あざ。

古傷。


生きてきた証そのものが、罪だった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る