第4話 「水の裁き」
第4話 「水の裁き」
【ブロック1|川の朝】
朝の川は、静かだった。
霧が水面に張りつき、白い布のように流れを隠している。
水の匂いは冷たく、鉄と泥が混じって鼻に刺さる。
アンナは、裸足だった。
石に触れるたび、足の裏が痛む。
だが、その痛みは、もう遠い。
「前へ」
短い命令。
女たちの背中が、順番に押される。
【ブロック2|縛る手】
縄が、腕に回される。
乾いた麻の感触。
きつく締められるたび、皮膚が引きつる。
「こんなに縛らなくても……」
誰かが言った。
「逃げるかもしれないだろ」
男の声。
冗談のようで、冗談ではない。
アンナは、手の感覚が薄れていくのを感じた。
血が止まり、指先が冷える。
【ブロック3|説明】
マティアスの声が、川辺に響く。
「これは、神の裁きです」
その言葉に、誰かが「アーメン」と答える。
女たちの中からは、声が出ない。
「清められた水は、真実を映します」
マティアスは、淡々と続ける。
「沈めば無実。
浮かべば、魔女」
アンナの胸が、すっと冷えた。
――浮くか、沈むか。
――それだけで?
【ブロック4|ささやき】
隣の女が、アンナに囁いた。
「沈みなさい」
声が震えている。
「必死で、沈むのよ」
アンナは、わずかに首を振った。
「……縛られてる」
女は、泣きそうに笑った。
「そうね」
その笑顔が、壊れそうだった。
【ブロック5|最初の女】
一人目の女が、川へ連れて行かれる。
細い体。
年老いた背中。
「待って……!」
女の声が、水に吸われる。
――ざぶん。
水音。
一瞬の静寂。
「……浮いた!」
誰かが叫ぶ。
女の体が、水面に現れる。
縄に引かれ、顔が上を向いている。
口が開き、泡が出る。
「魔女だ!」
歓声にも似た声。
アンナの胃が、強く縮んだ。
【ブロック6|戻らない視線】
女は、引き上げられた。
咳き込み、身体を震わせている。
「助けて……」
声は、もう誰にも届かない。
男たちは、彼女を見なかった。
水だけを見ていた。
【ブロック7|順番】
「次」
その一言で、すべてが動く。
アンナの前にいた女が、震えながら歩く。
足がもつれ、転びそうになる。
「歩け」
背中を押される。
アンナは、女の背中を見つめた。
骨ばった背中。
それが、水に沈んでいく。
沈まない。
浮く。
「……魔女」
その言葉が、何度も繰り返される。
【ブロック8|アンナの番】
「次だ」
アンナの名が、初めて呼ばれた。
「アンナ」
名前が、空気に晒される。
それだけで、身体が軽くなるような、逆に重くなるような、不思議な感覚。
川の縁に立つ。
水面が近い。
霧の下に、黒い流れ。
冷気が、肌を刺す。
【ブロック9|水の中】
押される。
――ざぶん。
一瞬で、音が消えた。
耳が、きん、と鳴る。
冷たい。
鋭い。
水が、皮膚を噛む。
息が、反射的に止まる。
【ブロック10|思考】
水の中は、暗い。
縄が、体を引っ張る。
――沈めば、無実。
――浮かべば、死。
アンナは、思った。
「……沈んでも、浮いても」
水が、口に入る。
苦い。
川の味。
「私たちは、助からない」
【ブロック11|浮く体】
体が、勝手に上がる。
水は、嘘をつかない。
体は、浮く。
縄があるから、なおさら。
アンナの視界に、光が差す。
【ブロック12|引き上げ】
空気。
咳。
喉が焼ける。
「……浮いた」
誰かが言う。
「魔女だ」
その声は、もう遠い。
【ブロック13|理解】
アンナは、地面に転がされながら、思った。
――これは、裁きじゃない。
――選別だ。
理不尽は、
儀式の形を取ると、
正しさの顔をする。
【ブロック14|最後の視線】
マティアスが、アンナを見下ろす。
「神は、答えを示されました」
アンナは、咳き込みながら、笑いそうになった。
――水が、何を答えたというのか。
【ブロック15|終わりの始まり】
川は、何も変わらず流れている。
女たちの声も、恐怖も、
すべて洗い流すように。
アンナは、震える身体で、確信した。
――ここから先は、
――生きるか死ぬかではない。
――どう消されるかの話だ。
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