第3話 「女であるという理由」

第3話 「女であるという理由」


【ブロック1|石の匂い】


牢は、冷えていた。

夜の湿気が石に染み込み、昼になっても抜けない。

アンナが足を踏み入れた瞬間、冷たい空気が足首にまとわりついた。


「……ここ?」


背後で鉄扉が閉まる。

ガン、と鈍い音。

その音だけで、胸の奥がきしんだ。


「そうだよ」


先に入れられていた女が言った。

細い声。かすれている。


「ここが、女たちの部屋」


アンナは、息を吸う。

黴、汗、古い尿の匂い。

生きている人間の匂いが、濃すぎて、重い。


【ブロック2|並べられた顔】


薄暗い牢の中に、女たちが座っていた。

数は、七人。

誰も若くない。

誰も、守られていない。


「あなたも……やもめ?」


声をかけてきたのは、白髪の女だった。

背中が丸く、手が震えている。


「……そう」


アンナが答えると、女は小さく頷いた。


「やっぱりね」


「どうして?」


女は、笑った。

笑いというより、息を漏らしただけだった。


「男がいない女は、ここに来る」


【ブロック3|理由にならない理由】


向かいの女が、低い声で言った。


「私は、年を取りすぎた」


別の女が続ける。


「私は、貧しかった」


「私は、子どもを産めなかった」


「私は、産みすぎた」


女たちは、順番に言った。

誰も怒っていない。

ただ、事実を並べているだけだった。


アンナの胸が、じわじわと締めつけられる。


「……魔術は?」


思わず聞いてしまう。


白髪の女が、首を振った。


「そんなもの、誰も使ってない」


【ブロック4|気づいてしまう】


「じゃあ……どうして?」


アンナの声が、少し高くなる。


女たちは、一斉にアンナを見る。

その視線は、責めるものではなかった。


「あなた、まだ気づいてないのね」


一番奥の女が言った。

その女は、目だけが妙に冴えていた。


「魔女ってね」


間を置く。


「守ってくれる男を失った女の名前よ」


アンナの喉が、鳴る。


【ブロック5|夫のいない世界】


「夫が死んだら、次は息子」


白髪の女が言う。


「息子がいなければ、兄弟」


「兄弟がいなければ、教会」


「教会が見放したら……」


女は、牢の壁を指で叩いた。


コツン。


「ここ」


アンナは、胸の奥で何かが崩れる音を聞いた。


――ああ。

――私は、ひとりだった。


【ブロック6|泣かなかった女】


「あなた」


白髪の女が、アンナを見る。


「泣かなかったんでしょう」


アンナは、否定しなかった。


「それ、よくない」


「どうして?」


女は、困ったように笑う。


「泣かない女は、強いって思われる」


「強い女は……」


別の女が引き取る。


「怖い」


沈黙。


「怖い女は、魔女になる」


【ブロック7|奪われた言葉】


鉄靴の音が、近づく。

看守の足音。

鍵の音。


女たちが、黙る。

黙るのが、上手すぎる沈黙。


アンナは思った。


――ここでは、

――女であることが理由になる。

――年を取ることも、

――貧しいことも、

――泣かなかったことも。


全部、罪の材料になる。


【ブロック8|理解】


看守が去ると、白髪の女が小さく言った。


「覚えておきなさい」


アンナは、顔を上げる。


「魔女は、選ばれるんじゃない」


女は、静かに続ける。


「残された女が、魔女になる」


アンナは、冷たい石の床に座り込み、

初めて、自分の手を見た。


薬草を摘んできた手。

誰かを治そうとした手。


その手が、

ここでは、理由だった。


【ブロック9|夜の音】


夜になると、牢は別の顔を見せた。

昼より静かなのに、音が多い。


水が滴る音。

誰かの腹が鳴る音。

遠くで、男の怒鳴り声。


「……眠れないね」


アンナが言うと、隣の女が小さく笑った。


「眠ったら、朝が来るから」


その言葉が、石より重く落ちた。


【ブロック10|母の話】


白髪の女が、ぽつりと言った。


「私の母もね、ここに来た」


「……ここに?」


「ううん。別の町。でも、同じ牢」


アンナは、息を止める。


「母は、祈りが下手だった」


女は、指で自分の膝をなぞる。


「言葉が出てこなかったのよ。

頭では分かってるのに、声にできない」


アンナの胸が、きゅっと縮む。


「それで……?」


「“神を信じていない顔”だって」


女は、肩をすくめた。


【ブロック11|似ている】


アンナは思った。

――それは、私だ。


祈れないわけじゃない。

信じていないわけでもない。

ただ、声にすると、形が壊れる気がするだけ。


「声が出ない女は、疑われる」


アンナが言うと、

牢の中の女たちが、一斉に頷いた。


【ブロック12|男の話】


奥の女が、低く言った。


「男が捕まる時はね」


間を置く。


「“何をしたか”を聞かれる」


「女は?」


アンナが尋ねる。


「“どんな女か”を見られる」


沈黙。


その違いが、

はっきり、骨に刺さる。


【ブロック13|名前のない罪】


「魔術なんて、関係ない」


白髪の女が言う。


「罪は、もっと前から決まってる」


「……生き方?」


「そう」


女は、アンナを見る。


「一人で立ってたでしょう」


アンナは、答えなかった。


「それだけで、十分よ」


【ブロック14|初めての理解】


アンナは、牢の天井を見上げた。

小さな穴から、夜の冷気が落ちてくる。


――魔女とは、

――選ばれた者じゃない。

――残された者だ。


その理解が、

胸の奥で、静かに形になる。


怖さより、

怒りより、

冷たい納得があった。


【ブロック15|朝を待つ】


誰かが、祈り始めた。

声は小さく、震えている。


アンナは、祈らなかった。

ただ、呼吸を数えた。


吸って。

吐いて。


――泣かなかったこと。

――黙ってきたこと。


それが、

ここに連れてこられた理由だ。


鉄の向こうで、

朝の気配が動き始める。


アンナは、初めて思った。


――これは、私一人の話じゃない。


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