第5話 運営の誤算

 白い空間に、ノイズが走っていた。


 いつもなら無音で安定しているはずの場所。

 だが今は、断続的に視界が揺れる。


「……これは」


 運営者の表情が、初めて明確に歪んだ。


 複数のウィンドウが、同時に開く。


【世界安定度:正常】

【依存率:安定】

【調整対象:ミナ】


「数値は、問題ない」


 だが、違和感が消えない。


 原因は、ミナだった。


 彼女が“守らない選択”をし、

 人々が自律を取り戻した。


 本来なら、それで終わるはずだった。


「……想定外だ」


 新しいログが、表示される。


【自己修正:発生】

【主体:プレイヤー群】


「世界が修正されているのではない」


 運営者は、静かに分析する。


「人が、世界を修正している」


 これは、設計にない挙動だった。


 ミナの行動を観測し、

 人々が“考えること”を選んだ結果。


 世界は、運営の管理外で安定し始めていた。


 その頃、ミナは街の外れにいた。


「……なんか、空気が違う」


 特別な依頼ではない。

 ただの見回り。


 それでも、妙な“軽さ”を感じる。


 運営者が、彼女の前に現れる。


「あなたに、報告があります」


「……嫌な予感します」


 ミナの直感は、正しかった。


「世界は、あなたなしでも安定し始めました」


「……え?」


 予想外の言葉。


「それって……いいこと、ですよね?」


 運営者は、少し黙った。


「運営視点では、危険です」


「……危険?」


「管理対象が、自律し始めた」


 ミナは、言葉を失う。


「それ、普通じゃないんですか」


「いいえ。

 この世界は、管理される前提で設計されています」


 沈黙。


「……私、いらなくなった?」


 ミナの声は、震えていた。


 運営者は、首を振る。


「逆です」


「あなたの影響で、

 世界が“管理不要”に近づいている」


 それが、最大の誤算。


 最強のバグではない。

 初心者の判断が、設計思想を揺るがしている。


「……じゃあ、どうなるんですか」


「分かりません」


 初めての、明確な否定。


「私たちにも、未来は読めない」


 ミナは、小さく笑った。


「……初心者が、やっちゃいけないこと、

 やってますね」


「ええ」


 運営者は認めた。


「しかし、既に起きてしまった」


 空を見上げる。


 雲が、以前より自由に流れている気がした。


 世界は、静かに運営の手を離れ始めている。


 それが救いか、破滅か。


 まだ、誰にも分からない。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ふらっと立ち寄ってもらえるだけでも嬉しいです。

今日も楽しんでもらえたら何よりです。


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