scene1:追憶座
街を
朝日佳奈は、コートの
佳奈はペンを動かすことさえせず、ただぼんやりと
いくら連絡を重ねても、涼香の両親まで連絡が取れず、警察には「事件性なし」と
三時間の
「……
古びたミニシアターのような
整理のついていないその空間は、まるで今の自分の心のようだと佳奈は思った。
「人生を変える映画体験はいかがですか?」
声を聞き振り返ると、そこには深い黒の闇を切り取ったようなタキシード姿の男が立っていた。古風な身なりだが、整えられた黒髪は執事のように
「そんなにいい映画があるんですか?」
佳奈が尋ねると、支配人と名乗った男は、ニヒルな笑みを浮かべた。
「いい映画かどうかはあなたの『解釈』次第ですが、二本ほどございますよ」
佳奈は小難しさに思考をかき乱され、困惑の色を隠せない表情を浮かべる。
「それにおめでとうございます。あなたが、この劇場の最初のお客様です」
たった二本。だが「最初」という言葉の響きが、不安だった佳奈の心を少しだけ解いた。支配人は慣れた手つきで「二本立てでお安くしましょう」と提案してくる。安く観られるなら、大学生としては願ってもない話だ。
「じゃあ、それでお願いします」
佳奈が財布を取り出そうとすると、支配人はそれを手で制した。
「当劇場のチケット代金は現金ではありません。あなたが大切にしているものを、上映中に預かっています」
佳奈は怪しみながらも、首に巻いていた
「……返してくれますよね?」
「映画に満足していただければ返却します。もし満足されなかったら、その時あなたに必要な別のものをお渡ししましょう」
支配人の含みのある言葉に一瞬たじろいだが、佳奈は導かれるようにスクリーン1へと向かった。渡されたのは、ジュースと一口サイズのケーキ。この場所で提供されるもの以外は、一切の飲食が禁じられているという。
「素敵な映画の世界へ、いってらっしゃいませ」
劇場の重い扉を開こうとした時、支配人の声が鋭く響いた。
「お客様。本編の前に『ルール映像』が流れますので、必ず守ってください。さもなければ、とんでもないことになりますから……」
その警告を聞き、背筋に冷たいものが走る。無人の劇場。深い座席に身を沈めると、暗転したスクリーンに無機質な映像が流れ始めた。
口外禁止: この映画館および上映された作品のことを誰かに話すことを禁ずる。
完全鑑賞: 上映中の私語や立ち歩きは厳禁。目を
電子機器の無効化: ここでは通信も記録も
飲食の制限: 提供されたもの以外は口にしてはならない。
アナウンスのように流れる女性の声。
『これからあなたは映画という窓から別の人の人生を
と映像は告げた。
やがて、フィルムの回るカタカタという音が
『未来の私』 主演:夜兎涼香
佳奈の息が止まった。スクリーンの光が、彼女の
追憶座 -シアター・レミニセンス - 天童フリィ @fly_tando7180wr
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