第2話

 戦場は喧騒で溢れ、剣と剣がぶつかり合って金属の澄んだ音が鳴り響いていた。


 命と命のやり取りの場――誇りまでもが激突する。


 味方のユグラドル帝國とムクレオン王国との激突。

 例の魔導士を粛清した王国との1戦は草原での大規模な野戦となった。


 周囲が敵兵しかいない中、レグリスとカリンは孤軍奮闘していた。

 暴れ回るのは既に狂戦士ベルセルクと化したレグリス。


「おらしゃあああ!!」


 レグリスは巨大な両刃の妖斧ようふガルスガスディンをその膂力を存分に活かして、迫りくる敵兵に向けて振るっていた。

 圧倒的な重量の斧を、巨躯から繰り出される剛腕で振り回せば、遠心力の乗った豪撃を受け止められる者など存在しない。まともに受ければ剣などし折れ上半身と下半身、左右に体が別れを告げるのは必至だ。


「漆黒の鎧の者よ! それ以上はらせはせん! 尋常に勝負しろ!」


 敵軍の指揮官が、騎士の礼に乗っ取ってレグリスに勝負を挑んだ。

 それを聞いた彼は餓えた獣のように大きく口から息を吐き出すと、その白銀の騎士へと突進する。


 重量のある巨斧きょふを持ち重く硬い漆黒の鎧を纏いながらも常人からは考えられない速度で騎士へと肉迫する。


「何ぃ!?」


 あまりの突進力に騎士が慌てて大剣を振りかざすも、レグリスが叩き付けるように放った斧は騎士の頭蓋を叩き割り、そのまま下半身までめり込んだ。

 もろに返り血を浴びた彼の短く刈り込まれた黒髪が赤く染まる。


 まさに一撃必殺!

 周囲の兵士達から動揺の色が見え、恐怖が伝染してゆく。


「聞いてねぇぞ! ありゃ狂斧きょうふのレグリスじゃねぇか!」


「とんだババ引いちまった!」


 中には一目散に逃げ出す傭兵まで出てくる始末。

 所詮は金で雇われているだけあって命まで差し出すつもりはないようだ。


「今日も派手にやってるわね。敵に同情しちゃうわ……」


 レグリスとは付かず離れずの位置から戦いの様子を見守っていたカリンが憐れみの声を漏らす。

 流石の彼女もあんな死に方だけはしたくないと心胆寒からしめる程。


「カリン、敵が来たよー」


 リトゥスの言葉にすぐさまカリンが戦闘態勢に入る。


「分かってる! あいつにばかり良いところを持って行かれる訳にはいかないわ!」


 星霜樹せいそうじゅの杖を大きく天に掲げたカリンが大音声で吠える。

 彼女の全ては紅――髪も瞳もローブも……杖に戴く宝珠すら。


「【火の精霊よ! 我が声を聞け! 地獄の底から蘇り全てを焼き払え! フェニクス!】」


 瞬間、戦場である草原に極炎が飛ぶ。

 カリンの咆哮――精霊の言語ニンパ・ラングに応えて地上に顕現した大いなる炎が、大地を蠢く人間達を虫ケラのように焼き尽くしてゆく。


 その悲鳴すらも掻き消して。

 大規模な精霊魔法を気兼ねなく行使できるのも、敵地のど真ん中だからこそだ。


 これがレグリスとカリンの戦い方。


 だが湧き上がる高揚感とは別に虚脱感がカリンを襲い思わずふら付いてしまう。

 如何いかに精霊の力を借りるからと言って代償がないはずがない。


「くっ……やっぱでかいのはきついわね」


 膝に手を置いて息を荒げるカリンは大きく深呼吸して呼気を整えると――


「カリン! 敵がくるー!」


 ハッとしたカリンがリトゥスが指差した方に振り向くと、目の前には剣を振り上げる兵士が迫っていた。


 ――不覚!


「うがあああああ!!」


 獣染けものじみた雄叫びと共にカリンの側を豪風ごうふうが通り抜ける。

 顔を上げたカリンの目の前には兵士を細切れにするレグリスの姿。

 狂気に顔を染め上げて尚も群がってくる敵兵からカリンを護る。


「大丈夫かーカリンー?」


「ふふっ……問題ないわ。ありがとリトゥス」


 大きく息を吐き出して動悸を落ち着けたカリンの心が温かい物で満たされていく。

 レグリスの姿を目で追うと、既に新たな敵を求めて走り出していた。

 カリンの顔が自然に綻ぶ。


 心の底から湧き出る感情をカリンは抑える事ができない。


 その時、喊声かんせいと共に味方の兵士達がレグリスの後を追ってカリンの脇を駆け抜けていく。


 そんな光景を目にしながらカリンは感慨深げに呟いた。


「悔しいけど……あいつには背中を預けられる。これは負けてらんないわね」


 カリンは走り出す。

 レグリスの姿を目指して。

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