星印《アストル》持ちの傭兵~混沌世界の終末へ~

波 七海

第1話

 世界各国が戦争に明け暮れる大混乱のとき

 そんな時代を逞しくも生き抜く戦士たちの喧騒に酒場は包まれていた。


 この卓にも罵り合うペアが1組――騒々しさに加担していた。


「ったく! 今日の戦場での体たらくはなんなのよ!? 意味分かんないんだけど?」


 もう何度目になるかも分からない愚痴を吐いた女が酒をあおり、木製のコップをテーブルに叩き付けた。かん高い音と共に飛沫が周囲に飛び、古精霊ハイエルフ族には珍しい紅の髪にかかる。

 酒が強くもない癖に、最近造られるようになったからと言う理由だけで、黄金色こがねいろに煌めくビールを一気に呷る。


「おい。そいつぁ聞き捨てならねぇな、カリン。今すぐ訂正しやがれってんだ!」


「はいはい。毎回毎回、馬鹿みたいに突撃して敵を斬りまくったのはともかく、問題はその後でしょーが!」


「まーまーあるじぃ、レグリスはちょっと突出し過ぎたのよねー」


「うぐッ……ありゃ、まさかのってヤツだぜ。ほらアレだアレ……魔法ってのは卑怯すぎんだろ!? いきなり集中砲火だぞ!」


 カリンの鋭すぎる指摘に、レグリスは言葉を詰まらせながらも何とか言い訳の言葉を口から絞り出した。だがそんな言葉をガン無視してカリンは自らが召喚した妖精の使い魔――リトゥスへ恨みがましい視線を向ける。


「ちょっとリトゥス? いつからこの脳筋の味方になった訳?」


 ビールのせいで頬を赤らめているばかりか、彼女の目は完全に座っており声のトーンも低い。


 失言だったかとリトゥスはあるじに戦慄を抱く。


「お前なぁ……人には優しくだぞ?」


 あんまりと言えばあんまりな言い様にレグリスが呆れたような声を上げるが、それがカリンの神経を逆なでる。


「あーん? あんたがそれを言うの? この狂戦士ベルセルク! あ・た・し・は! このの主なの! つまりリトゥスに人権はないの!」


「ひっでぇ言い草!」


「まー私は人間じゃないしー」


 断言するカリン、ドン引きするレグリス、達観した表情のリトゥス。

 まさに混沌カオスな状況。


 レグルスとカリンはバディを組む異名いみょう持ちの傭兵だ。

 各地を転戦して歯向かう敵はことごとく叩き潰してきた。


「ま、いいわ。問題は次よ次! いい? 明日の戦場は精霊を敬う事すらできない愚か者共が相手……あたしが精霊魔法で一掃してあげるわ! レグリスは黙って見てなさい? 出番は来ないから。永久にね」


「へいへいっと。ま、今時珍しい魔法使いがいねぇ国らしいからな。俺でも魔法の怖さは理解してるってぇのにおかしなモンだぜ」


 カリンとは対照的にチビチビと酒に口をつけながら、レグリスは柔らかく煮込まれたトロトロのラム肉の塊にかぶりつく。咀嚼する必要もない程に柔らかい肉を、満足げに頬張り心から味わっていた。


「あー何でも怪しい魔導士だかに王様がたぶらかされて宮廷魔導士から下っ端魔法使いまで粛清したそうよ」


「そーそー隣国に亡命した人間も多いらしいよー」


 まるで他人事のように呆れた口調で話すカリンとリトゥスだが、実際に他人事なのだからしょうがない話だ。


「おいそれギャグで言ってんのか? 魔導士にたぶらかされて同じ魔導士を粛清するとかアホなんか?」


 ガシガシと荒っぽく漆黒の髪を掻きながら、レグリスは理解できないとばかりに眉をひそめた。


「ま、王も老齢らしいし? 人間、弱るとスピリチュアルな物にすがりたくなるんでしょーかね」


「人間じゃねぇのによくもまぁ知った風な口を叩けるモンだぜ。古精霊ハイエルフ族なんて存在自体がスピリチュアルじゃねぇか!」


「あによ!」


「んだよ!」


 憎まれ口を叩くレグルスに、カリンが反射的に突っ掛かる。

 前のめりになり顔を突き合わせ、お互いにいがみ合う。


「はーホントこんなのでよく10年も一緒にやってるもんだねー」 


 尚もぎゃあぎゃあと喚く2人を何処か憐れみにも似た目で見つめながら、リトゥスは大きなため息を吐いた。


 ―――


「おいおい……〈狂斧の戦士フロル・ベスティア〉の2人、また喧嘩してやがる」


「いつもいつも飽きねぇもんだな」


「いやでも逆に考えろよ。味方で良かったってなぁ!」


 喧騒に包まれる酒場の中でも非常に目立つレグリスとカリンの会話をさかなに傭兵達も話に花を咲かせていた。

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