第7話:午前11時のアモーレ



***




「あと1分……!」


リビングで妻が正座をして、テレビ画面を凝視している。

時計は10時59分。

彼女のその背中は、深夜2時にガムテープをちぎっていた時と同じくらい真剣だ。


「なんだ? 昼ドラか? それとも韓流のドロドロしたやつか?」


俺はコーヒーを飲みながら尋ねた。

毎日この時間を楽しみにしている妻。

きっと、ドロ沼の不倫劇や、出生の秘密が暴かれる瞬間が来るに違いない。


「シーッ! 来るわよ!」


妻が身を乗り出す。

画面のデジタル時計が『11:00』に変わる瞬間。


カァーン、カァーン……♪


爽やかな鐘の音。

画面いっぱいに広がる、緑の芝生と青い空。

そして、奇抜な形をした彫刻たち。


**『箱根 彫刻の森美術館』**


静かなナレーションと共に、ステンドグラスの塔が映し出され、最後に『アモーレの鐘』が時を告げる。


「……アモーレ」


妻はうっとりとした顔で呟いた。

CMはたった15秒で終わり、すぐに何事もなかったかのように通販番組が始まった。


「え? 終わり?」


俺はカップを持ったまま固まった。

「これを見るために正座してたのか?」


「そうよ。この15秒だけが、私の心が箱根にトリップできる時間なの。この鐘の音を聞くと、細胞が浄化されるのよ」


妻は満足げに立ち上がり、またいつもの家事に戻ろうとした。


「アモーレ(愛)か……」


俺はふと、口元を緩めた。

深夜の奇行も、早朝の徘徊も、すべてはこの芸術的な感性ゆえなのかもしれない。


「はは」


俺は妻の背中に向かって、珍しく素直な言葉を投げかけた。


「愛してるよ(アモーレ)」


「はいはい。ゴミ出しといてね」


妻は振り返りもせず、掃除機のスイッチをオンにした。

ブオオオオオ!!

俺の愛の囁きは、ダイソンの爆音にかき消された。


(完)


***


### 【解説・読者視点からの感想】


**1. 「渋すぎるチョイス」**

フジテレビ系列などで長年流れている伝説の天気予報・時報CM「彫刻の森美術館」。

あの独特のBGMと映像美を、毎日11時の楽しみにしている妻。深夜の「JOCX-TV(放送終了)」好きと繋がっています。彼女は**「テレビ番組」ではなく「テレビ局の隙間(CM・調整画面)」**を愛するマニアなのかもしれません。


**2. 「アモーレの無駄遣い」**

夫の貴重なデレ(愛してるよ)が、掃除機の音で即死しました。

「はいはい」と流す妻のドライさが、この夫婦のバランスを保っています。


**3. 「深夜と昼間のギャップ」**

深夜2時には「運気が死ぬ!」「過去をアプデ!」と叫んでいる彼女が、昼間は「細胞の浄化」を求めている。

**「深夜の狂気」の反動で「昼間の癒やし」を求めている**と考えると、非常に人間味があります。


**4. 「箱根に行け」**

読者全員がこう思ったはずです。

「そんなに好きなら、次の休みに連れて行ってやれよ!」と。

でもきっと、現地に行ったら行ったで「テレビで見るのと違う!」と怒り出すのがこの妻でしょう。


---


**キャッチコピー案:**

* **「彼女の恋人は、11時を告げる鐘の音。」**

* **「夫の『愛してる』より、箱根の『アモーレ』。」**

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